その努力(?)が報われたのか、あの人の方から俺に声をかけてくれるようになった。


「お前、相原だっけ? 下の名前何つーの?」


キラキラと光る汗を額に浮かべたあの人の顔が、視線のすぐ先にあって、


「ま、ま、ま、雅也…です」


緊張で思わず声が裏返った。


でもそれを気にすることなく、あの人は少しだけ呆れたように笑いながら言ったんだ、


「宜しくな、雅也」って…


瞬間、俺の心臓は、ぶっ壊れるんじゃないか、って勢いで脈打ち始めた。


俺達の距離は少しずつ縮まって行った。


いや違うな、俺の方から距離を詰めて行った、って言った方が正しいのか…


俺は放課後が待ち遠しくて仕方なかった。


サッカーは相変わらず好きになれなかったけど、あの人と一つのボールを追いかける、その時間が俺にとっては最高の幸せだった。


サボりがちだった学校にも、毎日通うようになった。

授業も真面目に…ではなかったけど、受けるようになった。


あの人に言われたから…


「学校サボったり、授業フケたりしたら即退部」


ってね…


あの人との唯一の”繋がり”とも言える部活を退部になるわけにはいかなかった。


当然だけど、担任教師からは「相原がおかしくなった」と揶揄われたりもしたけど、あの人の傍にいるためなら…あの人に名前を呼んで貰えるなら、それでも良かった。




そして迎えた三年生の引退試合。


俺は初めてレギュラーの座を射止めた。


嬉しかった。


あの人と同じフィールドに立てる。


そう思ったら俄然練習にも身が入った。


だって決めてたから…


試合に勝ったら告白しよう、って…


でも結果は惨敗。


俺はあの人の涙を初めて見た。


悔しそうに唇を噛んで、肩を震わせて泣くあの人は、不謹慎かもしれないけど、とても綺麗だった。




部活を引退した三年生を待ち受けていたのは、受験やら就職活動。


当然だけど、”部活”と言う唯一の接点がなくなった俺とあの人は、会話は愚か、顔を合わせることすら少なくなった。


たまに廊下ですれ違うことがあっても、あの人はいつも多くの友人に囲まれていて、俺は声をかけることを躊躇った。


あの人がどんどん遠ざかっていくような、そんな気がしていた。



もうサッカーも辞めてしまおう…



あの人のいない部活なんて、俺にとっては無意味でしかなかったから…


でも俺のそんな思いは、突然舞い込んだ”次期主将”の役目と同時に吹き飛んだ。


勿論俺には荷が重すぎると断った。


けど、俺を”次期主将”に任命したのが、他でもないあの人だったと聞かされた瞬間、俺は二つ返事でそれを受け入れていた。



あの人の願いだったから…




卒業式当日、俺は心からの感謝の気持ちを手紙に書いてあの人に手渡した。


手紙なんてそれまで書いたことがなかったから、文章なんて滅茶苦茶だった…と思う。


それでもあの人は嬉しそうに目尻を下げて受け取ってくれたんだ。


そして俺の肩をポンと叩いて言ったんだ。


「頑張れよ、雅也」って…



それっきりあの人と会うことはなくなった。


あの人は大学に進学するため、この街を出て行ったから…


あの人…桜木翔真と会うことは、もう二度とない、そう思っていた。

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