第2章 no
1
あの人は一学年上の先輩で、二年生でありながら生徒会長に抜擢される程の人だった。
成績も優秀で、成績は常に学年トップ。
スポーツだって万能。
生徒会長の責務を負っていなければ、サッカー部の主将は間違いなくあの人だったと思う。
育ちの良さからなのか、物腰も柔らかく、人望だって厚くて、外見だって“最高評価の星五つ”…つまり、非の打ち所のない完璧な人。
一方、俺はと言うと…
学校なんてのは“遊び場”程度にしか考えてはいなかった。
そもそも、勉強なんて大っ嫌いだったし…
まあ、親がどうしても…って言うから仕方なく進学を決めた、って感じだった。
将来の為って言うなら、手っ取り早く就職を決めた方が、よっぽど自分の為にはなるんじゃないか、とも思ったんだけどね?
でも、そんな俺の甘っちょろい考えを、180度変えさせたのが、あの人の存在だった。
あの人のようになりたい。
憧れだった。
そう…
ただの憧れ…
思春期には良くありがちな感情。
そう思っていた。
あの人に恋人がいると知った瞬間までは…
ずっと…
あの人の瞳に映る彼の存在に気づいた瞬間、俺のあの人に対する感情は“憧れ”ではなく、“恋心“だったんだと…その時になって漸く知ったんだ。
自分があの人に抱えてる感情が、“恋心”だと気付いた瞬間から、俺の視線は常にあの人を追いかけた。
別にストーカー、ってわけじゃない。
ただあの人に少しでも近づきたい。
あの人のことがもっと知りたい。
欲求だけがどんどん溢れて行った。
決して叶わぬ恋だと知りながら、ね…
あの人の恋人は、三年生の美術部の部長をしていた。
いつも背中を丸め、眠そうな顔をした人。
でも笑顔のとても可愛い人だった。
全てを包み込んでしまうような、慈愛に満ちた微笑みは、あの人じゃなくても惚れるだろう。
実際、彼の…大田先輩のファンクラブなる組織が水面下で存在するらしいことを、俺も小耳に挟んだことがある。
大田先輩と一緒にいる時の、あの人の顔は、俺が知っているあの人の顔とは全く別人のようだった。
優等生の仮面は見事に剥がれ落ち、少し細めた目に浮かぶのは、明らかな恋色。
誰に見せるわけでもなく、大田先輩ただ一人に見せる表情。
大田先輩は、あの人の中で“特別”な存在だった。
俺はあの人の“特別”を独り占めする大田先輩を、心のどこかで羨んでいた。
俺だってあの人のことが好きだったから…
あの人の“特別”に俺もなりたい…ずっとそう思っていた。
大田先輩が高校を卒業して、地方の大学に進学を決めたと耳に挟んだ時は、先輩には申し訳ないが、俺の心は歓喜の声を上げた。
これで大田先輩とあの人は会うことはないだろう…
と…
俺にもチャンスが廻ってきた、ってね?
子供じみた考えだよね…
そんな簡単にあの二人が別れる筈ないのにさ…
それでもあの人と俺の間に立ちはだかっていた“大田智樹”と言う高い壁は、少しだけ…ほんの少しだけだけど、低くなったのには違いなかった。
俺はあの人を遠くから見つめるのを辞めた。
諦めたわけじゃない。
寧ろその逆?
あの人に近づくために、好きでもないサッカー部に入部し、誰からも望まれもしないのに生徒会にも立候補した。
見事惨敗だったけどね?
それでも何もしないで手を拱いているよりは、ずっとマシだと思った。
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