第22話 ローリング族


 若いころに走り屋をしていたという安部君の話。


 その頃、安部君は愛車のバイクに乗って、仲間たちと毎晩競うように峠を攻めていたのだという。

「あの頃、僕らはローリング族、とか呼ばれていたんですよ」


 仲間内では、その峠のことをホームコースと呼んでいたそうだ。

 その夜も、安部君たちはホームコースで仲間たちとバイクを走らせていた。

「峠を登りきったところに、少し広い駐車場があるんですよ。うねるコースを一望できるんで、先に上がった奴は、後からくる奴が登ってくる様子をそこから眺めてるんです」

 先に頂上に到着していた安部君は、仲間が登ってくる様子を見ながら煙草を一服していた。

 ほとんどの仲間が到着し、残すは一人だけになった。

「お、あれが、最後か」

 安部君は、登ってくるライトを見ていた。

 しかし、何かがおかしいと気が付いた。

 ライトが二つ並んで走っているのである。

 最初は、自動車が上がってきたのだ、と思ったという。

「でも、スキール音……あの、タイヤが地面にこすれて鳴る音なんですけど、それが、自動車のものじゃないんですよ。エンジン音もバイクのものだし、アレは絶対に車じゃなかったです。そもそも、仲間は全員バイクなのだから、車が登ってくるはずがないんですよ」

 周りにいた仲間も気づいたらしく、みんなでその登ってくるライトに注目していた。

「あれさ、なんか変じゃないか?」

 安部君が仲間に向かってそう言った時だった。

 ふっ、と、ライトのうちの一つが闇に溶けるように消えてしまったのだという。

「え?」

「おい……見たか?」

「消えた?」

 周りがざわついた。みんな何が起こったのかよくわからないようだった。

 しばらくすると、残った一個のライトが山頂に登ってきた。

 それは、まだ登って来ていない、最後の一人のバイクだった。

 安部君たちが、先ほど見たことを登ってきた最後の一人に問いただそうとすると、彼はヘルメットを取り、開口一番にこう言ったそうだ。

「俺、Cと並走してた……さっきまでCがいた……」

 ずいぶんとおびえた様子で、信じられないものを見た、という様子で呟いた。

「隣を走ってるのに、エンジン音がしなかった。あれは幽霊だ。Cの幽霊だ」

 周りの仲間も、ずいぶんと気味悪がった。

 その日はそのまま解散になった。


 実は二週間ほど前に、仲間のC君が、その峠で事故を起こしていた。

 カーブを曲がり切れず対向車線にはみ出し、登りの対向車と正面衝突して、帰らぬ人となっていた。


「最後に別れを言いに来たんだと思う、と勝手に納得して、いい話で終わらせました」

 安部君たちはそのままローリング族をしばらく続けたそうだ。


「それから半年くらいで、彼女が妊娠したんで、足洗いました。子ども出来ちゃったら、無茶なこと、できなくなるもんですね」


 安部君のスマホの待ち受けは奥さんと息子さんだ。

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