第18話 ウィッグ



 Yさんは、出所でどころのわからないものに手を出したことを後悔したという。


 Yさんは初老の女性だ。

 彼女は、五十歳を過ぎたころから、頭髪が薄くなってきていることが気になりだしたのだそうだ。


「頭が気になり始めて、すぐのことでした。ネットのフリマサイトで、格安のフル・ウィッグを見つけたんです」


 彼女が見つけたウイッグは、美しいロングストレートヘアーで、生え際も整っていて、見た目もよかった。

 なにより、人毛百パーセントなのに、とても安かった。

 海外からの輸入品で、非常にクオリティの高い商品だという説明文が添えられていた。

 フリマサイトなので、他の人に買われてしまうかもしれないという焦りから、Yさんは、すぐに購入ボタンを押したのだという。


 それから一週間ほどで、Yさんのもとにウィッグが送られてきた。

 丁寧に梱包され、ご購入ありがとうございます、とメッセージカードが添えられていた。

 髪質はサラサラで、手触りもよく、Yさんは大いに満足したそうだ。


 早速、Yさんはウィッグを着用して、夜遊びに出かけた。

 行きつけのバーで深夜まで飲んで、タクシーで帰宅した。

 調子に乗って少し飲みすぎてしまったYさんは、帰るなりにソファーで横になると、そのまま眠ってしまった。


 Yさんは唐突に目が覚めた。

 寝汗で身体がぐっしょりと濡れている。

 激しい動悸がしていて、首筋の血管をどくどくと血が流れている感覚を覚えた。

 身体を動かそうとしても、動かなかった。

 ──金縛りだ。

 Yさんはそう思って怖くなった。


 と、突然、耳元で誰かが囁いた。

 聞いたこともない言葉だった。

 アラビア語のようでもあり、中国語のようでもあった。

 そこで、不意に誰かがYさんの頭を触った。

 灰色のつなぎのような服を着た女性がYさんの顔を覗き込んだ。その女性は、頭皮が剥ぎ取られたかのようにべろりとめくれていた。

 Yさんは恐ろしくて叫ぼうとしたが、声が出なかった。

 女性は、日本人ではないようだった。ひどく悲しそうに何かを訴えかけるような目でこちらを見つめていた。

 あまりの恐怖に、Yさんはそのまま気が遠くなり、そして気を失ってしまったそうだ。


 ふと気が付くと、頭の皮のない女性はいなくなっていた。

 夢だったのだろうか。

 Yさんはそう思ったが、夢にしては何もかもがはっきりしていたという。

 頭を触られた感触が生々しく、女性の顔も目を詰めれば瞼の裏に焼き付いたように思い出せる。

 これは絶対、このウイッグに使われた髪の持ち主だ。

 Yさんはそう直感したという。


「なんだかもう、気持ち悪くて。すぐにでもウィッグを返品しようと思ったんです」

 しかし、ウィッグを販売していた人はすでにフリマサイトを退会していた。

「捨てようかと思いましたけど、あの女の人の眼を思い出すと、捨てるなんてできなくて」

 Yさんは、困った挙句に、人形供養をやっている寺にそのウィッグを持ち込んで供養してもらったらしい。

 住職が言うには、そういう人形以外の供養の依頼も時々ある、ということで、Yさんはそのままお寺にウイッグを預けて帰ったそうだ。


「もう二度と、出所の良くわからないものは買いません」


 Yさんは、自分に言い聞かせるように呟いた。

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