第12話 電柱じいさん


 ある寒い冬の深夜。

 その日は、仕事が立て込んで、いつもよりもかなり遅い時間での帰宅だった。

 もうすぐ日が変わろうとしている。

 もうバスも出ていないし、小さな駅だからタクシーも捕まらなかった。

 駅から家までは、徒歩で約二十分。

 仕方がない。健康のためにも歩こうか。

 私は、自販機で缶コーヒーを買って飲み干すと、家まで歩いて帰ることにした。 


 田舎なので、深夜に出歩いている人はいない。

 一度だけ、ジョギングをしている若者とすれ違ったが、その後は誰ともすれ違わない。

「こういった夜の散歩もなかなか趣深い」

 なんてことを呟いて自分を鼓舞しながら歩いた。

 青白い街頭が照らす道をトボトボと進む。

 しかし、この青白い光はどうにかならないだろうか。

 犯罪防止のためというのはわかるが、仕事帰りで疲れた気分が、一層暗くなってしまう。


 とある心療内科の前を通りかかった。

 このあたりは、ずっと直線の道路が続いていて、見晴らしがよい。

 歩いていく先を見ていて、ふと気が付いたことがあった。

 ずっと前の方の電柱、そこから、灰色の『手』が出ているように見える。

 色からして、はじめは手袋が引っかかっているのだと思ったが、どうも中身がある人間の手に見える。

 私は、その手がある電柱に目を凝らした。

 すると、


 ずい


 と、突然、電柱から全身灰色のおじいさんが抜け出てきた。

 頭も灰色なら、顔も灰色。服もズボンも何もかも灰色。

 その手はそのおじいさんの手だったようだ。

 おじいさんは、辺りをきょろきょろと見回すと、再び電柱の中に入っていった。

 一瞬、「え」と声が出た。

 だが、良く考えたら、電柱の後ろに隠れていたおじいさんが出てきただけかもしれない。

 私は、その電柱まで歩いていって、電柱の陰を見た。

 おじいさんはいなかった。

 見通しの効く道路なので、他に移動したらわかるはずだ。

 何より、電柱は思っていたより細く、後ろに隠れることさえ難しそうだった。

 

 何故か、私は「やっべ、うはははは」と笑ってしまった。

 それ以来、何度かその道は通ったが、二度と灰色のおじいさんが現れることはなかった。

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