第10話 地蔵図書館


 Kさんは、本好きの男性である。

 書籍が手元にないと落ち着かない、何か読んでいないとイライラするという、いわゆる活字中毒、ビブリオマニアだった。

 旅行先でも本屋や図書館を見つけると、つい入って本を物色してしまう。

 これは、そんなKさんが、中国地方に旅行に行った時の体験である。


 初日は何の問題もなかったそうだ。

 Kさんは、坂が有名な観光地でオシャレなカフェに入って読書を楽しんだり、たまたま入った古書店で本を買い込んだりして旅を満喫した。

 しかし、二日目。困ったことが起こってしまった。

 前日、大量に本を買い込んだので、荷物になりそうな本をすべて自宅に郵送したのだが、うっかり持っていた全ての本を送ってしまったのだ。

 これは、Kさんにとっては、かなり致命的なことだったらしい。

「ホテルでは、読むものが欲しくて、お菓子のパッケージの成分表まで読んでました」というのだから、よっぽどである。


 二日目は隣県に移動して、世界遺産に指定された観光地を訪れる予定だった。

 Kさんは、休憩がてら、どこか途中でコンビニにでも寄って文庫を買おうと思っていた。

 だが、昼食も一緒に買うから次のコンビニで、などと考えているうちに、道中でまったくコンビニに行き当たらなくなってしまった。

 山間の道路を北に北にと運転していたが、段々、もしかしてこのまま本を手に入れることができないんじゃないかと不安になってきた。

 そして、Kさんは県境のあたりで車を止めた。

 そこは、農村というか、集落というか、とても寂れたところだったそうだ。

「あとで考えたらなんであそこで車を止めたのかわからない」とKさんは言う。「たぶん図書館、っていう文字に無意識に惹かれたんだと思うんですが」


 Kさんが車を止めたところのすぐ横に、古い建物が建っていた。

 木造二階建てで、田舎の役所といった雰囲気。

 入口横の看板に『○○町立図書館・歴史資料館』と書いてある。

 Kさんは迷わずにその図書館に入った。

 一階には、多数の本棚と、カウンターがあったが、司書らしき人はいない。

 利用者も誰もおらず、妙に静かだ。

 誰もいないので、多少不安になったものの、Kさんは本棚を物色した。

 基本的に、郷土史や文献のようなものばかりで、小説の類はなかった。

 活字成分を補給できれば、次の目的地まで我慢できる。Kさんはそう考えていた。

 だから、できれば、興味のない分野より、自分の好きな小説が読みたいと思っていた。

 にもかかわらず、小説が全く置いてないのは困ったものだ。

 入口横に階段があった。

 二階はもしかしたら一般図書が置いてあるかもしれない。

 Kさんはそう考えて、二階に上がった。


 二階は歴史資料館のようになっていた。

 ガラスケースが置いてあり、中には古い茶わんや資料が入っており、壁には、古い農具が飾ってある。

 角には、何故か苔むした古いお地蔵さんが置いてあって、それが妙に異彩を放っている。

 古い建物で、窓から日の光が入っては来ているが、なんだか薄暗くて息苦しい感じだった。

 Kさんは、ざっと見まわしても、本棚どころか、展示物の説明文すらないことにガッカリした。

 降りようと階段の方を向いたときに、不意に後ろから、


 ざり


 と音がした。

 音のした方を見ると、そこには先ほどのお地蔵さんがあった。

 なんかちょっと怖いな、と思って階段を降りようとすると、


 ごごり


 先ほどよりも大きめの音がする。

 見ると、お地蔵さんの位置が少し変わっている気がする。

 いや、動いている。ちょっと前に出てきている。Kさんは、そう見えたそうだ。

 ヤバい。

 Kさんは不穏な気配を感じて、急いで階段を降りようとした。

 すると──。 


 ごりごりごりごりごりごり!


 後ろからすごい勢いで音が迫ってくる。

 声を上げてKさんは階段を駆け下りた。

 降りると、声に驚いた司書の人が、事務室から飛び出てきた。

 混乱したまま、司書の人に「二階で地蔵が」と言うが、不審に思われた様子だった。

 警察を呼ぶ、呼ばないの問答があって、少し冷静になったKさん。

 名刺と運転免許証を示しながら不審人物ではないと説明をしつつ、図書館を利用しようとしただけだという旨を伝えて、何とか事なきを得た。

 ただ、「二階の地蔵なんですが」という言葉には、怪訝な表情をされたそうだ。

 聞けば、二階の資料室には地蔵などない、ということだった。

「見てもらえばわかるが」と司書に言われたが、その時は見に行く気にはならなかったそうだ。

 数年がたったことで、恐怖も消えてきたKさん。

「またいつか、謎を解明しに、あの図書館に行ってみたいですね」と息巻いている。

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