第9話 水面の顔


 Aさんがまだ小学六年生だったころの話だ。

 その日、Aさんは家に一人だった。

 彼女の両親は、遠方に住んでいるおじいさんが急に亡くなり、通夜に行っていた。

 もう六年生ということもあり、Aさんは、家でひとり留守番をすることになったのだ。

 誰もいない家は、とても静かで、Aさんは不安だった。

 六年生で、もうすぐ中学生とはいえ、怖いものは怖い。

 Aさんは、別に見たくもないテレビをずっとつけたまま過ごした。

 音があるだけで、部屋の雰囲気は大きく変わったそうだ。

 母親が出がけに用意してくれた食事をとり、風呂に入るために洗面所で服を脱ぐ。

 風呂に入るけれど、テレビはつけっぱなしで来た。

 その頃、Aさんは、風呂場が怖くて嫌いだったそうだ。

 Aさん宅の風呂場は、照明が天井に蛍光灯ひとつついただけで、日が落ちてしまうと、窓から入る光もなく、かなり薄暗くなるつくりになっていた。

 薄暗い風呂場では、裸になる無防備感もあってか、いつも不安に駆られたらしい。

 その日は、家に誰もいないということもあって、いつも以上に風呂に入るのが憂鬱だった。

 リビングから、テレビの音が聞こえている。これで多少は不安は和らぐ。

 Aさんは、風呂場で湯船の上に敷いてあった蓋を取った。

 すると。

 なんと、湯船の水面に巨大な顔が映りこんでいた。

 光の加減でそのように見えるというのではなく、水面いっぱいに、鏡のように顔が映っている。

 Aさんの顔ではない。

 誰なのかもわからない、巨大な顔。

 Aさんは叫ぼうとしたが、声が出ない。

 遠くからテレビの音が聞こえる。

 水面の顔と目が合った。

 口がゆっくり開いたかと思うと、その顔が、言葉を発した。

 Aさんは、驚きのあまり、風呂場を飛び出し、服も着ずに自室の部屋の布団にもぐりこんだ。


 両親が帰ってきたころ、Aさんは、眠っていたそうだ。

 Aさんの話を聞いた両親が風呂を確認したが、何もなかったそうだ。

 怖い、という気持ちが見せた幻じゃないか。父親はそう言った。

 しかし、Aさんは、確かに水面の顔が言葉を発するのを耳にしていたという。

 それは、遠くから聞こえるテレビの音声では決してなかった。

 水面の顔ははっきりこういったそうだ。


「だしてよ」


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