第6話 黄色い人


 高校の授業中、ノートの端にうろ覚えで般若心経を書いていた。

 漢字ではなく、ひらがなで。


 かんじーざいぼーさぎょーじーはんにゃーはーらみーたー


 なんでそんなものを書いていたのかと聞かれても、なんとなく、としか答えられない。

 私は、右手にはシャープペンシルを握っていて、左手はぎゅっと握り拳を作って机の上に置いていた。

 授業は英語だった。

 近くを先生が通って、ひらがなの般若心経をみても、英語を筆記体で書いてるように見えるんじゃないかなどと思いながら、延々と般若心経を書いていた。

 ふと、なんだか握った左手の中がこそばゆいようなそんな気がした。

 手汗でも書いたのかな、とそんなことを考えていると、握った拳の中から、黄色い人型のものが、ぬるり、ぬるり、ぬるりと、三体ほど這い出してきた。

 服を着ていなくて、棒人間のような薄っぺらい人型だった。クリスマスの飾りでよくあるジンジャーブレッドマンを真っ黄色にしたみたいな感じだった。

 えっ? と思った。授業中だったから声は出さなかったが、かなり驚いた。

 三人の黄色い人型は、私の机の上をぐるりと回ると、般若心経の文字の上でラジオ体操のような奇妙な踊りを踊り始めた。

 なんだろう。私は幻覚を見てるのだろうか。

 周りを見渡したが、誰も黄色い人に気づいている様子はなかった。

 三人の人型は、ひとしきり踊ると、バッと私の顔を見上げてきた。

 彼らの眼は、血のように真っ赤だった。

 小さな赤い目を見開いて、彼らは私のほうを見ている。

 野生の獣に睨まれているような、そんな気がした。意思の疎通が叶う存在ではないと思った。

 私は、声が出そうになるのを必死にこらえた。

 そのまま、しばらくすると、彼らは私に興味をなくしたようにノートに倒れ込むと、ひらがな般若心経の文字に、溶けるように消えていった。

 ──今のは、いったい何だったんだろう。

 彼らが出てきた左手を開いたり閉じたり、机の上やノートをめくったりひっくり返したり。

 きょろきょろ調べている私の行動に気付いた先生が、

「あー、どしたー? 何か落としたかー?」

「あ、いえ、何でもないです」


 

 その後は、何度ひらがな般若心経を書こうと、彼らは現れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る