第4話 トンネル守
大叔父は、旧国鉄でトンネル守をしていたそうだ。
トンネル守とは、トンネルの近隣に住み、トンネルの管理・維持を行う仕事なのだそうだ。
昔は山から水が染み出し、しょっちゅうトンネルの内壁を剥離させていた。トンネル内に、剥離した内壁が落ちていると大事故に繋がるし、事故は起こらなくても、鉄道の運行の妨げになる。現在では、土木技術が発達し、水抜き溝やコンクリート強度の向上のおかげで、内壁の剥離などはほとんど起こらず、必要ないらしいが、以前は、トンネル守は、鉄道業にとって無くてはならない存在だったそうだ。
大叔父がトンネル守の仕事を始めて、四年ほど経ったとき。
大叔父は、それまでに、何度か内壁に罅割れや剥離を見つけて修繕したり、トンネル内部に置き石を見つけて取り除いたりしていたが、とくに大事はなく、大叔父自身も仕事に慣れてきたと感じていた。
夏だった。
大叔父は、いつものようにトンネル内を見回っていた。
大叔父が担当する七つのトンネルのうちのひとつ。かなり山の奥の方にあるそのトンネルのちょうど真ん中あたりの線路上に、ぽつんとひとつ、石があった。剥離したコンクリート片ではない。自然のトンネルの中にはないような、乾いた丸い石だった。
──置き石か──。
大叔父は、何も考えず、石を拾ったという。
トンネルを出て、すぐ脇の山にその石を投げ捨てると、大叔父は家に帰った。すぐに記録帳をとりだし、置き石があったことを記録した。
『月日:七月十四日◆トンネル:S第三トンネル◆場所:中央付近◆状況:置き石◆対処:撤去済み』
いつも通りの行動だった。
と、そこで、あることに気がついて大叔父は手を止めた。
妙だ。
あんな所に、一体誰が置き石なんてするんだろう。
山奥の、しかも、線路しか無いようなところに置き石なんて。
そういえば、今まで何も考えずに取り除いてきたが、そもそも、剥離したコンクリでもない、普通の、その辺りの山にでも転がっている石が、トンネル内の線路に置いてあるなんておかしい。
大叔父は、記録帳にある、以前の置き石の記録を探した。
昨年のページに、それはあった。
『月日:七月十四日◆トンネル:S第三トンネル◆場所:中央付近◆状況:置き石◆対処:撤去済み』
全く同じ内容だった。
日付、トンネル、場所。すべて同じだった。
まだ、他にもあったはずだ。
大叔父は、頁をめくった。
──あった。
『月日:七月十四日◆トンネル:S第三トンネル◆場所:中央付近◆状況:置き石◆対処:撤去済み』
もう一年分めくると、そこにも、
『月日:七月十四日◆トンネル:S第三トンネル◆場所:中央付近◆状況:置き石◆対処:撤去済み』
なんだ、これは。
誰かが意図的に同じ日に置き石をしているとしか思えなかった。だが、こんな山奥のトンネルに、一体誰が置き石をしに来ると言うんだろう。
大叔父は、気味悪く思った。
しかし、仕事なのだから、トンネルに入らないわけにはいかない。
翌日からも、大叔父は、同じように業務にいそしんだ。
その後は、特に妙なことは起こらなかった。とりあえず、本社の方には、誰かがいたずらで置き石をしている可能性があることを報告した。
そのように報告すると、大叔父も何だか怖がっていたのが馬鹿らしくなってきて、
「どうせ、近くの村の馬鹿なヤツがやっているんだろう。来年は、石が置かれる瞬間に居合わせて、置いているヤツをとっちめてやる」
などと考えるようになった。
その年の七月十三日の夜が来た。
大叔父は、すべての列車が通り過ぎてから、トンネルの中に張り込んでいた。
夜中のトンネルの中は、真っ暗だった。
夏場ではあったが、ひんやりと冷たい風が、頬に当たった。
どれくらい経ったかは、よくわからなかったという。
ずっと何も起こらなかった。
張り込んでいるから、いたずら者もあきらめて帰ったのかもしれない。
夜も更けて、少し眠くなってきて、うつらうつらしていると、突然、トンネルの内部に、
「かつーん!」
という、碁石を叩きつけるかのような乾いた音が響いた。
大叔父が、懐中電灯でいつもの場所を照らすと、そこにはやはり置き石があった。
何もなかったはずの場所に、ぽつんと、ちいさな石が。
大叔父は、石を拾うと真っ暗なトンネルを走り出た。すぐに石を捨て、家に帰って布団を頭からかぶって、朝まで震えていたそうだ。
その後、大叔父は、見回っていたトンネルのある線が、廃線になるまでトンネル守の仕事を続けた。
ただ、七月十三日の夜だけは、絶対に家から出ないようにしたそうだ。
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