第2話 そうしきごっこ



 じいちゃんがビール片手に語りはじめた。

「昔、この家の近くに、葬儀場があってな。──葬儀場っつっても、農協が持っとる葬祭会館みたいな、でかい建物じゃなくてな。祭壇があるだけのこじんまりとした普通の建物じゃった。昔は、葬式にそんなに人が来なくて、身内だけでやっとったからな。棺と祭壇と位牌とお供えと、それくらいのものが並べられただけで葬式やっとった」

 ほろ酔いなのか、話の筋が見えない。

「その頃は、オモチャもないし、テレビもないような時代だったからのぉ。子どもの間では、身の周りのいろんなモノをまねする遊びが流行っとった。で、うちのすぐ近くには、葬儀場があったわけだから、自然と、わしらは『葬式ごっこ』をして遊んどった。……今日はタケ坊が死体だ、俺は昨日やったから嫌だ、ゲンちゃんがやりゃいいじゃないか、何を俺は坊主の役だ、参列は誰がするんだ云々……ってな具合にな」

 じいちゃんは苦笑いを浮かべた。

「馬鹿なことをしとったもんだ。あの頃は本当にみぃんな馬鹿ばっかりじゃった。しかし、まあ、あの頃は、教育もろくなモンじゃないし、大人もみんな忙しかったからな、良い悪いをちゃんと教えてくれるモンがおらんかったんじゃな」

 じいちゃんの顔が一瞬曇った。当時の戦争のこととかを思い出したのだろうかと思ったが、少し違うようだった。

「遊びっちゅうもんは、だんだん飽きてくるじゃろ? 飽きると、過激になってくる。もっと面白くしよう、もっと本当の葬式に近づけようってな。それまでは、誰かが死体の役をやってたんだが、ある時『葬式なんだから、本物の死体があったほうがいい』なんて言い出すヤツが出てきてな。そのときは誰も止めずに皆『確かにそうだ、死体がいる』なんて言い出して、死体を用意することになって……。もちろん、人間の死体なんて用意できるわけがない。だから、わしらは、近くにいた野良犬を捕まえて……棒で……打ち殺してな……」

 じいちゃんは、そのまま、しばらく黙った。口を開いたのは、数秒ほど経ってからだった。

「それで、わしらは、本当に犬の葬式を始めた。坊主の役と参列者の役を決めて、石で作った祭壇に礼拝して、木箱の棺に犬を納めて。皆、始めのうちは、面白がっとったんだが、司会役のヤツが『では、この野良犬に最後の別れをしましょう』と言ったときだ。

 近所の犬が一斉に、


『うおあぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん! うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん! うおぉぉぉぉおぉおぉぉぉぉぉぉん!』


 ……何ともいえない遠吠えでな、責められているみたいで、怖くなったわしらは、みんなで蜘蛛の子散らすように逃げ帰った」

 じいちゃんは僕を見ている。

「すまんの、お前はこれからも、ちょくちょく、そんな目に遭うだろう。全部、全部、わしの因果だ……。本当にすまん……すまん……」

 そう言ってじいちゃんは頭を下げた。

 僕は自分の左手に巻かれた白い包帯に目を落とした。

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