奇妙な話
たけ
第1話 ザラザラ、ぐにゃ
いわく付きの不動産に引っかかったという怖い話は良く耳にする。けれど、実際に体験した話として訊くのは、これがはじめてだった。
「夜中にね、フトンの中で掴んじゃったんですよ。……ザラザラ、ぐにゃって」
今年入社してきたサトウさんは、背が低く幼い顔立ちだったので、中学生のように見える。
「あまりにも変な感触だったので、びっくりして、すぐに手を離してしまいました」
サトウさんは学生の頃、仕送りが無く、バイトで学費を払いながら、大学に通っていた。いわゆる苦学生だった。
お金がないので、必然的に格安のアパートに住むことになった。だが、選んだアパートが悪かった。
「たまに布団の中で手を伸ばすと、ザラザラ、ぐにゃに触れるんですよ。すぐに手を離して電気をつけても、そこには、もう何もない。一度掴んだままで電気をつけようとしたんですけど、何故か身体が動かなかったんですよね。手を離すと体が動く。それで、電気を点けると、もうそこには何も無い。何だか気持ちが悪かったんですけど、特に害があるわけでも無いし、引っ越してきたばっかりだったんで、そのまま住んでいました」
そう言ってサトウさんは笑った。
眉毛も太めだが、神経も太めのようだ。
「アパートに住むようになって、半年くらい経った頃かな。そのくらいになると、近所の人とも顔見知りになるし、何度かアパートの前の道路であって会釈とかするようになったんです。でも、なんだか、周りの家の人たち、一応会釈を帰してはくれるんですけど、どこかぎこちないんですよね。最初は、私が学生だからかな? と思っていたんですけど、どこか避けられている感じで」
彼女はそのことが苦痛だった、というような顔で続けた。
「あ、これは何かあるな、と思って、いつもゴミ出しの時に顔を合わせるおばさんに訊いてみたんです。私が住んでるところで、何かありましたか? って」
そのとき、おばさんは困惑していたという。
おばさんは、少し迷ったすえに、こう切り出したそうだ。
──何ともないの──?
「え? と思いました。どういうことですかって聞き返すと、おばさん、いろいろと話しを訊かせてくれました。話好きだったんですね」
サトウさんはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「おばさんの話では、私の住んでいたアパート、昔、火事で半焼してしまったそうです。で、ちょうど、私が住んでいる部屋のところで、寝たきりのお爺さんが逃げ遅れて焼け死んじゃったそうで」
そういう彼女の声のトーンは、やや抑えられている。
「その後、アパートは改装されて、すごく綺麗になったみたいなんです。私が借りた頃には、そんな火事があったなんて、全然思えない感じでした。……でもね、私が借りた部屋、何故か住人がすぐに引っ越すことで有名だったそうで」
彼女は、この話を聞いて、とても気持ち悪かったそうだが、こんなに格安で住める場所は他にはないと思い、そのまま部屋に留まったそうだ。
「……その日は、お酒を呑んでいたんです」
彼女は恥ずかしそうに舌を出した。
「何か、頭が寝ぼけてたんでしょうね。ザラザラ、ぐにゃを両手で掴んで、キスしようとしちゃって……」
彼女の目の前に、黒ずんだ人間の頭のようなものがあったそうだ。
「ああ、そうかって思いました」
彼女の顔が、少しだけ歪んだ。
「ザラザラ、ぐにゃっ。これって、炭化した人間の感触だったんだ……って思いました。ええ、その後、スグに引っ越しましたよ」
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