ex. ありったけの未来をくれてやる 7

ベッドの上で向かい合って座り、なぜか聖の手で頬をむにむにと弄られている。


「ごめんね、聖」

「なんで謝るの。瑞ちゃん、悪いところなんかひとつもないでしょ」

「いや、そうじゃなくて。話が変な方向に転がったから」


私と聖の関係についての話をしていたはずなのに、私の一言で父親が悪の権化みたいになってしまった。


この人と付き合っています、はいそうですか、で終わる話であれば簡単だったのに。

とは言え、ふたばがサツキさんを紹介したときなんかも、「ご両親の職業は」「高校のレベルは」「就職する企業は」「もらった内定はいくつか」「資格は」という祖父からのどうでもいい質問で縛り付けられていた。

親族に恋人を紹介する一大イベントは、えてして面倒くさいものなのだろう。


だけど、考えていた聖のプレゼンは全部無駄になってしまった。


高校卒業後すぐにイタリアに飛んで、そのブランクをものともせずに、たった数ヶ月の勉強で四年制大学に受かっている。すごい優秀な人だと思うのだけど。

この人、挙動不審だけれどイタリア語も英語も完璧だから。海外旅行には困らないよ。


頬をむにむにされたまま、気になっているだろう祖父の話をしてやる。


「うちの家、親戚が多いんだよね。数えたことないけど、結構な数いる……でね、二橋家の一番上がお爺ちゃんなの」

「二橋家って名家なの?」


「ただ人数が多いだけの一族だよ」


実際がどうなのかは知らない。


親戚が一堂に会せるほど祖父母宅の家は大きいし、このガレージ庭付き一軒家の土地が祖父から譲られたものだとも知っている。

けれど、父はごくごく一般的なサラリーマンで、母はパート主婦。とくに裕福だと感じたこともなければ、困窮していた印象もない。


あぁ、私もふたばも奨学金をもらっているけれど、残りの学費のいくらかは祖父が出してくれていたな。


祖父は『二橋の家は男児に継がせたかったのに、お前に男が生まれなかったから』と父に言うが、なにか稼業を営んでいるわけでもない。いったい何を継がせたかったのか。


古い考え方が染み付いた人だ。


それに苦しめられたのは父だけではない。母は祖父に会うたびに胃を痛めていた。

冷凍食品を子どもに食わすなどありえん、とか、粉末の出汁を使うのは家事をサボっているとか。


ふたばが私立の高校に行くと決めた際にも祖父は猛反対で、ならば公立で良いだろうと言い始めた父と大喧嘩をしていた。

反対されるのも、両親の喧嘩を諌めるのも面倒で、私は最初から公立の高校を選んだ。


男性至上主義のひとだが、私たち孫には優しかった。祖父にとって女の子は厳しく拳を振るうものではない。


なんだっけ、ふたばが言っていた悪口。『時代錯誤にもほどがあるクソジジイ』だったかな。


「いつまでそれやってるの」

「瑞ちゃんが寝るまで」


何時間やるつもりなの。揉み解された頬が茹でた餅みたいにふにゃふゃになる未来が見えた。


部屋に戻ってからずっとしかめ面で、そのくせどこか泣き出しそうな顔をしている。

友人もふたばも、サツキさんも。今まで、あそこまで直接的に否定されるなどなかったことだから、この沈んだ空気も仕方ない。


「ごめんね、聖」

「だから……瑞ちゃんは何も悪くないんだってば」

「いや、私が無理矢理連れてきちゃったし」


お姉さんに会いたいと言ったのは自分だ、と聖は言うが、それならばふたばに会わせるだけで良かった。わざわざ実家にきて、家庭の面倒ごとを見せる必要はなかった。


頬を揉んでいた指に力が入って、ぎゅうっとつままれた。痛い。


「瑞ちゃんが怒らないから……瑞ちゃんが平気そうな顔してるから……」

「お父さんには理解してもらえないかもって思ってたから、私はべつに」


「そうじゃなくて!」


ぺちん、と両頬を叩かれて、頭をぐっと引き寄せられた。

抵抗しないまま、おでこが聖の胸元に着地したけれど、背中を曲げた体勢がそこそこキツい。色々なところの筋肉を使っている気がする。


「なんて言ってあげたら良いのか分かんないよぅ!」

「聖」

「こんな状況で、あんなこと言われて、瑞ちゃんが平気な顔してるのが悲しいの!それをどう伝えたらいいか分かんなくてムカつくの!」


頭を強く抱かれた状態から抜け出せない。


腹筋キツい。ベッドについている手と、体重を支える腕もキツい。

聖の力が強すぎてまったく抵抗できないんだけど!


「暴れないで!」

「聖!腹筋割れる!体勢キツいから!シックスパックになるから!」


「ごめんなさい」


解放された勢いでベッドに転がった。

あのままだったらボディービルダーみたいな体になるところであった。


雨で散歩にいけない犬みたいな顔をしているので、布団を叩いて隣に呼ぶ。


「腹筋が割れたらどうしてくれよう」

「責任とって腹筋様をぺろぺろさせて頂きます」

「あはは!腹筋なくても舐めるじゃん」


隣に寝転がった聖に髪を梳かれて、優しい唇が鼻先に触れた。

お返しをするように、唇に触れる。


「瑞ちゃんが好きだよ」

「うん」


「顔だけじゃないよ。瑞ちゃん、頭いいでしょ。いろんなこと知ってるし、カクテルだってカッコよく作れるし。本読むのも早いよ。歌も上手だよ。それに、優しい」


二橋瑞、全肯定じゃん。


「メイクも上手だし、服のセンスも大好き」

「うん」


「私は、瑞ちゃんが好きだよ」


心がくすぐったくて、お尻の下がもぞもぞして、耐えられなかったから、今度は自分から聖の胸に顔を埋めた。


恋人になる前から、聖の気持ちを知る前から、この体勢が一番好き。

向かい合って、寝転がって、聖の胸に顔を埋める。人を簡単に堕落させる体勢だ。


腕と脚を聖の体に回したら、そのままゆっくりと頭を撫でてくれる。


「なんだっけ……幼児退行ヨシヨシえっちしよ」

「甘やかしヨシヨシえっちね?赤ちゃんプレイじゃないからね?」

「あんまり変わらなくない?」


乳首を吸って頭を撫でられるのだから、それはれっきとした赤ちゃんプレイである。


「聖、甘やかしヨシヨシえっちしよ。ジャージ脱いで」

「私が乳首吸われるの!?」

「二時間我慢して」


聖が頭の上で何か言っている。言語になっていないので意味はまったく分からないけれど、私の頭を撫でる手は止まらない。


「ちょっとアリかなって思っちゃった……」

「じゃあ良いでしょ、ほら、ジャージ脱いで」

「お、お待ちくださる……?あの、やっぱり私がしたいといいますか……今だからこそヨシヨシしながら触りたいといいますか」


ヨシヨシしながら触るってなに?


ぐっと強く後頭部を押されて、顔面が聖の胸に埋まる。絶対に顔をあげさせないという強い意志を感じた。


もともと顔をあげるつもりもなかったけれど。


「お願い、瑞ちゃん。優しくするから、すっごく優しくするから、好き好き恋人えっちしよ」

「すきす、え?」

「好き好き恋人えっち。優しくして、甘やかして、ドロドロに溶かして、聖好き気持ちいいしか言えなくなるえっち」


いや、だから実家でやるにはハードル高くない?


忘れているのかもしれないけれど、下ではまだふたばたちが家族会議をしているはずだ。声が筒抜けになることはないにしても、リスキーすぎる。


真面目な話をしたあとに「聖、好き、気持ちいい、アンアン」なんて私の声が響いたら、どうあっても首を括るしかない。


「それは明日ね」

「寝よう、今すぐ寝よう。早く寝て明日を呼び込もう」


「ふ、ふふ、あはははは!もう、ほんとバカ!あははは!」


緩んだ手から抜け出して、笑いも抑えられないままキスをした。

唇を舐め、舌を絡めた聖の目だって笑っている。


愛されている実感は、こんなにも心地良い。


不埒な手がごそごそと動いて、私の地肌を撫でる。ダメだって言わなきゃいけないんだけどな。

キスが気持ちいいから、温かい手が気持ちいいから、もう少し、もう少しだけ。



「ハジメー…………あ」



ふたば。あ、じゃない。ノックしろ。

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