ex. ありったけの未来をくれてやる 8

いつもお読みいただきありがとうございます!

記念すべき百話目です!わーい、ドンドンパフパフ!

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ベッドの上で抱き合って、思い切り舌を絡めて、ゆるゆるのTシャツの中で聖の手が這い回っている。


アウトである。


先ほどまで戯れあっていたせいで私の髪は乱れているし、足は剥き出し。


どこからどう見てもアウト。言い訳無用、これからセックスするつもりです、の装い。むしろ、真っ最中です、と言っていい。


好き好き恋人えっちだっけ?了承しなくて良かった。いや、甘やかしヨシヨシえっちのほうがまずいな。

幼児退行しているところをふたばに見られていたらと思うと恐怖だ。


「ふたば」

「……一時間くらい空けた方がいい?」


いらない気遣い!

逆に気まずいからやめてほしい。事後の気怠い雰囲気を纏って姉と会話しろと?


幼児退行でなくとも、あと数秒遅ければ、さらに取り返しのつかない状況になっていたかもしれない。

ベッドの上で絡み合って喘いでいる姿を見られました、なんてことになっていたら即刻家出して二橋家の籍を抜く。


とにかく、コンコンガチャ、はノックではない。扉を叩いて、返事を確認してから開けるべきだ。コンコンガチャはノックじゃない。


「ノックしてからノータイムで扉をあけるのはノックとは言わない」

「それはホントごめん」


銃を突きつけられた人質みたいに万歳をして、私の恋人が硬直している。

何度か唇がぱくぱくと動き、小さな奇声のあとに言葉が漏れ出てきた。


「おお、お、おおおねえさん、これはですねその誤解と言いましょうか、いえ何も誤解ではないのですがあのただ触れ合っていただけでありまして、とととともかく邪な気持ちは一切なくてですね、お宅の大事な妹さまに手を出し」

「いいから、聖、落ち着いて。なにもかもが遅いから」


「ノォォ……時すでに遅し、後悔先に立たず、覆水盆に返らず、死んでからの医者話!後の祭りィィ……」


頭を抱えて転がった聖を放置して、体を起こす。ついでに捲れ上がったオーバーTシャツを直して、丸出しになったショーツを隠した。

鉄壁の中学ジャージは乱れ知らず。なんで聖のほうが悶えているのかな。どう考えても私の方が恥ずかしくない?


で?と首を傾げ、ふたばの表情を伺う。


「ちゃんと謝ろうと思ったんだけどさ……」

「なにを?ふたば、味方になってくれたじゃん。嬉しかったよ、ありがとね」


「はぁぁ……なんでアンタそんなあっさりしてるわけ……今までのこととかさ、色々あるでしょうが」


ふたばが父に「ハジメの二十一年間を否定するな」というようなことを言ってくれたのは嬉しかった。


私とふたばはけして仲の良い姉妹ではなかったし、関係性だって最悪だった。私はこの家から逃げたくて、わざわざ実家から離れた鷹条大を選んだのだから。


たしかにまだまだ修復中ではあれど、それでも、今の私とふたばはそう悪い関係ではないと思う。


ズカズカと部屋に入り込んできたふたばが、私の隣に座った。

女三人の体重で、安いシングルベッドが軋む。


転がった聖を自然に無視するあたり、この人は私の姉なのだなと実感する。


「あたしさ、ずっとアンタが嫌いだったけど」

「また泣いちゃうから嫌いって言わないで」

「茶化すな、ばか」


側頭部を軽く小突かれて上半身が揺れた。


ふたばは笑って言う。いまのアンタは嫌いじゃない、と。私も、いまのふたばは嫌いじゃない。

本当に、サツキさんはいったい、ふたばにどんな魔法をかけたのだろうか。


「ずっとね、お父さんもお母さんもお爺ちゃんもお婆ちゃんも、あたしは嫌いだった。うちの家、気持ち悪いって思ってた。全然仲良くないのに仲良し家族みたいな顔してんの、死ぬほど気持ち悪いでしょ」


気持ち悪いとまで思ったことはないけれど、ふたばが二橋家を嫌っていたことは知っている。

ふたばの最たる攻撃対象は私だったが、それと同じくらい両親にも噛み付いていたのだ。祖父に真っ向から歯向かうことはなかったけれど、祖父母宅を避けていたことには気づいていた。


「学歴とかそんなんばっかり気にするお爺ちゃんは老害だし、そんなお爺ちゃんに言いなりのお父さんも情けなくて気持ち悪いし……あたしたちの味方みたいな顔してお父さんを攻撃するお母さんも嫌いだし」


聖が私のTシャツの裾を掴んだ。


たしかに、そんなに嫌なら離婚すればいいのに、と思ったことが何度もある。けれど母は笑いながら、ハジメたちがいるのに離婚なんてできないでしょ、と言っていた。


「痩せたら可愛くなるのにとか、そんなんじゃ彼氏に逃げられるとか、余計なお世話だっつの。笑って肯定するフリしてさ……今思い出しても腹立つわ」

「ふたば、そんなこと言われてたの?」


「言われてた……っていうか、アンタも似たようなもんでしょうが。顔だけとか、中身なしとか」


中身なしは悪口の攻撃力が強すぎない?そんなこと言われた?

……言われたような気がしないでもない。


猛獣みたいなふたばを気にかける様子ばかりが印象に残っていて、母のそんな発言はあまり記憶になかった。


味方でいてくれるのも確かなんだけどね、と続けられた言葉に、ひとまず頷いておく。


「ハジメもさ、嫌いって言っていいよ。あたしが許す。男の子じゃなくてゴメンなんて言わなくていい。そんなこと言ったら、あたしのほうこそ長男じゃなくてゴメンだし、そもそもあの老害のためにあたしたちが傷つくほうがバカらしいでしょ」


禿げるのはお父さんだけでじゅうぶん、なんて言うから、思わず笑ってしまった。

円形脱毛どころか、つるりと綺麗に禿げてしまったほうが楽だったろうに。本当、スキンヘッドにしちゃえばいいのに。

顔が良い男は、スキンヘッドだって似合うだろう。


もし、もしも聖と出会わずに、男児を望んでいたなんて話を聞かされていたら、私は『男に生まれれば良かった』と思ったのだろうか。


枕に顔を埋めたままシャツの裾を掴む聖を見下ろす。

私が男でも、私のことを好きなってくれたか。そんな質問をしたのは、いつだったろう。


「あの人たちにストレスかけて申し訳ないなとは思ったけど、聖が……女の私が好きだって言うから、女で良かったって思うよ」

「ぅゔん……!」


「はは!ショウちゃん、思った以上に変な子なんだけど」


ふたばのふくふくした手が、私の頭をぐしゃぐしゃに掻き乱した。

なにこれ、撫でてんの?撫でると言うよりも、頭を鷲掴んで揺さぶる動きに、視界がぐわんぐわんと揺れる。

妹との触れ合いが下手くそすぎるでしょ。


「ふたば、酔いそう。吐いたら大惨事だからもっと優しく、猫なでるみたいに愛でて」

「気持ち悪いこと言ってんじゃないわよ」


ま、とにかく!と言いながら、ふたばが立ち上がった。


見上げた表情はいかにも性格が悪そうで、ふたばも根本的なところは何も変わっていないのだと思った。


サツキさんも、よくもまぁこの女を手懐けたものだ。


「あたしたちは結婚したらこの家捨てるから、アンタも……ハジメとショウちゃんも、卒業したらとっとと逃げな!」


結局ふたばが言いたかったのは、二橋家の悪口と、私たちの味方でいてくれることのふたつだったらしい。


二橋家の面倒臭さを穏やかに受けいれているような顔をしているが、サツキさんだって祖父たちの相手をするのは嫌だろう。学歴だとか収入だとかチクチク言われて、結婚した後は早く子どもをつくれの嵐だろうから。


ふたばは『捨てる』と表現したが、きっと穏やかにフェードアウトしていくはずだ。

そういうの上手そうだし、サツキさん。ぜったい優しいだけじゃないよ、あの人。


扉に手をかけたふたばが、振り向いた。


「あと、ちょっと調べたんだけどさ。アンタ、同性愛者じゃなくてデミセクシャルってやつじゃないの?知らんけど」


そういうことだから、じゃ、ショウちゃんに捨てられないように努力しなさい。


そう言い残して、扉が閉まる。



デミ……なに?そんなセクシャリティ、講義でやったっけ?

というか、え、私、聖に捨てられるの?

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