ex. ありったけの未来をくれてやる 1

「瑞ちゃん。ここ、山梨?」

「東京」


「…………東京?」


その台詞、この地域の人間に聞かれたら怒られるよ。まぁ、二十三区に比べると別世界みたいなのはたしかだけど。


よいしょ、と肩のカバンをかけ直して、東京じゃないみたいな景色を眺めた。

今年も残り二日。年末だからだろうか。駅の周りに人が多いような気がする。気のせいかもしれないけれど。


あ、新しい美容院できてる。あそこ、元々はなんのお店だったかな。というか、また美容院ができたのか。駅前にすでにみっつあったと思うのだが。

二十三区とは比べ物にならない田舎の景色である。大学の周辺と比べても遜色ない。人の多さで言えば、学生がいないぶんだけ負けているかもしれない。


ロータリーにはバスが何台か停車しているが、お目当ての地域バスはまだ姿が見えなかった。地域バスなら、どこで降りても百円。ありがとう、地域バス。


「ね、ねぇ……ほほ、ほん、ほんとに行くの?」

「ここまで来ちゃったし。連れて行くって言っちゃったし」


「な、な、殴られたりするかな!?」


するわけないでしょ。そんなことしたら傷害で捕まる。犯罪者の娘にはなりたくないから、全力で止めるに決まっている。


「差し入れ、本当にこれであってる!?ご両親へのご挨拶にフライドチキンっておかしくないかなぁ!?というか、これ持ってバスに乗るの!?臭いテロが甚だしくない!?ねぇ、本当にフライドチキンであってる!?ふざけてないよね、瑞ちゃん!」

「尻餅ついたところ、痛くない?」


「会話をしてぇ!」


今年も軽音のスノボ合宿でソリをした。体のあちこちが痛いのはそのせいだ。とくにお尻が痛い。

聖も同じようにソリから落っこちていたから、きっと私と同じようにお尻が痛いはず。あのときはふたりで大笑いしたけれど、実際アザが残ってみると軽く後悔してしまう。


キャンキャン吠えている聖を横目で確認する。クリスマスにプレゼントしたスヌードに埋もれている様子はなおさら長毛種の犬っぽい。


フライドチキンのなにが悪い。手土産といえば菓子折りかもしれないが、我が家で喜ばれるものと言ったらジャンクフード一択なのだ。

高いお菓子を買うのなら、同じ金額を出してフライドチキンを買っていったほうが盛り上がる。両親もふたばも大喜び間違いなし。賭けてもいい。


しかし、聖はいつも以上にワタワタとしている。

両親に恋人ですと紹介するかはまだ決めていないのに、今から緊張してどうするのだろう。


ここまで来て逃げることもないだろうが、無駄に行動力を有り余らせている聖のことだ。油断はできない。


というか、緊張で頭の血管切れたりしないよね?


二十一歳、冬。年末年始の挨拶ついでに、実家に彼女を連れて帰る。手土産はフライドチキンだ。




ハジメの彼女に会いたい、と言ったのはもちろん私の姉、二橋ふたば。

瑞ちゃんのお姉さんに会ってみたい、と言ったのはもちろん私の恋人、新本聖。


冬季休暇に入る直前、ふたりがそれを言い出したのは偶然にも同日だった。お互いの意思が一致しているのなら良かろう、と思って、年末に聖を連れて帰ることにしたのである。


聖はまさか実家に連行されるとは思ってもいなかったらしく、クリスマス前から三割増で挙動がおかしかった。


「あれ、私の通ってた中学」

「どこ!?」


「と、統廃合になった中学校」


食いつかれたが、残念ながら私の母校はすでに名前が残っていない。私が通っていた頃から人数も少なく、その当時から統廃合の案は出ていたらしい。

廃校舎は市民利用のために一般公開されており、将棋倶楽部や絵画教室、あと手芸教室なんかで利用されている。おじいちゃん、おばあちゃんたちの、良い溜まり場だ。

母親が属している主婦バレーチームも、体育館を借りていると言っていたので、中学の名は消えても地域に必要な場として残っている。


バスの外を流れて行く中学校。校庭ではジャージ姿の中学生がなにやら運動をしていた。こんな年末まで部活をやっているのだろうか。ご苦労なことだ。


制服もジャージも、校舎も、全てもう馴染みのないもの。懐かしさなどあるわけがなかった。


「中学生の瑞ちゃん……ぜったいかわいい……」

「部屋に写真残ってるよ、たぶん」

「最高。俄然楽しみになってきた」


小学生の頃から男友達ばかりだった私にとって、中学時代は居心地の悪いものだった。


二次性徴が始まり、男女という性差が顕著になる。女の子は女の子のコミュニティ、男の子は男の子のコミュニティ、それが浮き彫りになる年頃でもある。


男女で歩こうものなら、すぐに付き合っているとか、誰は誰が好きだとか、そんな噂が流れた。

田舎の狭い中学校では、どこにも逃げ場がない。


どこにいたって、居心地が悪かった。退屈だったな、本当に。


「聖がいたら良かったのに」

「んぇ?どこに?」

「先輩に」


同級生に、と言いそうになったが、そう言えばこの人は年上である。失念していることが大半だけど。


フライドチキンのパーティーパックを抱えたまま疑問符を頭に浮かべた聖は、先ほどまで挙動不審だったくせに、いまは通常通りの顔をしている。


「一応、人生の先輩ですけどー?」

「聖、嘘はよくないよ?」

「嘘じゃないよ!このあいだ二十三歳になりましたー!瑞ちゃんの二コ上ですぅ!」


バスのアナウンスが聞こえたので、素早くボタンを押した。子どもの頃からバスの停車ボタンを押すのが大好きだった。いまでも好き。


「えっ、もう降りるの!?」

「うん。家、バス停の目の前だから」

「心の準備時間は!?」


また挙動不審が戻ってきてしまった。


予定を立ててからもう数日経ってるというのに。友だちの家に遊びに行くと思えば気楽だろうに、覚悟を決めるのにいったいどれだけの時間が必要なのか。

まぁいいか、と思いながら聖の手を引いた。


見慣れた地元の景色に聖がいる。違和感の中に、ほんの少しの喜びが見えた。

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