ex. 魔界の王は追いかけたい 11
まさかのショボい優勝トロフィーに、私の名前がのってしまった。
どこに発注をかけたのか、安っぽいトロフィーにぶら下がったリボンに『第八回大鷹祭男装コンテスト優勝 心理学部精神医学科三年 二橋端』とマジックで書かれている。
漢字が間違えている。
いや、生まれた当時、父親が決めていた漢字はたしかに『端』であるが、すでに二十一年間『瑞』で生きてきた以上、私の名前は瑞だ。
ぱっと見は似ている漢字だが、少しばかりしこりが残る。
優勝賞品は学食利用券三千円分。これまたショボいが、嬉しいものであるのは間違いない。
せっかくなので真理さんに曜日限定スペシャルメニュー特盛豚汁付きをご馳走しようと思っている。オススメはお肉パラダイスの月曜日だ。
あの優勝はどう考えても私に送られるべきものではなく、真理さんと『モンド・マニフィック』の功績であろう。
どうやらどこかの席で『ハジメ』と『ショウ』のうちわをもって観覧していたらしいが、舞台の上からはまったく見えなかった。
否、そもそもいると思っていなかったので、探してすらいなかった。
まだ慌ただしいコンテスト実行委員本部でトロフィーを眺めているのだが、見れば見るほど微妙な気持ちになる。
歴代のミスたちの手に渡ってきた優勝旗は、やはりそれなりに立派なもので、男装コンと女装コンのトロフィーが可哀想に見えた。
「これで真理に奢ってあげよう」
「おんなじこと考えてた」
「ふふ、じゃあ二食ぶんだねぇ」
聖がぺらぺらのチケットをつまんで軽く振る。
聖の手にあるのは学食利用券千円。審査員特別賞の賞品だ。
残念ながら聖はミス鷹条にはなれなかった。
今年の優勝も結局ツチヤヒロミで、大番狂わせはなかった。結果は誰しもが予想する通りの展開であったけれど、私の魔王とセットになった妖精姫の話は思いのほか楽しんでもらえたようである。
聖と私の追いかけっこは、妖精姫と魔王物語の演出と思われているらしい。
着替えるまでのあいだ、何人もの学生に『妖精姫!』と声を掛けられていた。
衣装のせいなのか、私の態度のせいなのか、はたまたやらかしてくれたカピバラのせいなのか。それは分からないが、私は遠巻きにされるだけで至って平和に控え室までたどり着いた。
「お、いたいた!ハジメ、ショウさん!」
「ふたりともおつかれー!クロリーナさまの魔王もっかい見たかったなぁー」
「ハジメ!学食券で奢れ!」
お前に奢ったら三千円が一食で消えるでしょうが。
「あれ、謙太は?」
「女子高生引っ掛けてカラオケいった」
「なにしてんの、あいつ……」
女子高生って……叶と別れてからの謙太郎は自由すぎる。マスターじゃないけど、女に刺されないように上手く立ち回ってほしい。
あと、私に飛び火するのはもう勘弁願いたい。
チエリさんに食べる?と見せられたアメリカンドッグは魅力的だが、このあと聖と餃子を食べに行くのだ。いま食べたら確実に胃が膨れてしまう。
言わないけれど、アメリカンドッグよりフランクフルトのほうが好き。アメリカンドッグ、お腹いっぱいになるから。
「チエリ、そういえばあの設定誰が考えたの?」
「ん?あたしと晃太郎くんの共同作品」
「はい?」
晃太郎がムカつくドヤ顔でサムズアップした。殴ろうかな。
あれだけ笑っていたけれど、事前に知っていたということだ。腹立つな。
「もっちゃんのメインシナリオがあたしで」
「ハジメが俺。だから俺にも奢れ!」
「……チエリさんはいいけど、晃太はやだ、ぜったい。近寄んな、メルヘン野郎」
暴言!と叫んだ晃太郎に、みなが笑う。
まぁ、真理さんにご馳走したぶんの残りで奢ってやらないこともない。三千円もあるし。言わないけど。
「フェアリープリンセスもっちゃん、このあとみんなでご飯いかない?」
「待って、その呼び方やめてもらっていい?羞恥で心がズタボロにされてボロ雑巾みたいになってるから!」
「あはは!じゃあ、魔王の寵愛を受けし羽を喪った妖精の姫?」
間髪入れずにその呼称を思いつくのは流石としか言いようがない。
寵愛……と呟いた聖が、こちらを見て変な顔をした。発作でもない、フリーズでもない、なにその顔。
衣装は脱いだが、お互いメイクと髪はそのままだ。強めのアイラインに、ちょっとだけお尻の下がもぞもぞした。
寵愛ね、寵愛。
「愛してるよ、姫」
「ぅゔゔん!死ッ、ぬッ!」
「あはははは!ごめんね、チエリさん。これから仲直りデートだから」
そういえばお前ら喧嘩みたいなことしてたな、と言う晃太郎に頷いてみせる。あれが喧嘩だったのかは正直なところ微妙だが、一ヶ月間の長い攻防だったのはたしかである。
悶え続けている聖が当たり前のように放置されていて、なんだかふと笑みが溢れた。
追いかけっこもたまには良いけれど、やっぱり一ヶ月は長すぎる。こっちのほうが、ずっと『楽しい』よ、聖。
「あっ、ちょ、瑞ちゃんその顔ダメです!放送禁止!R指定!愛しさ突き抜ける!」
「あはは!何言ってるかぜんぜん分かんない!」
顔を覆って唸ろうとした聖の両手を掴んで、発作を阻んでみる。何その顔。そっちのほうが成人向けでしょ。
これはちょっとした好奇心なのだと思う。
このまま畳みかけたらどうなるのかなって。だって、ほら、聖を効果的に撃沈させるの得意だし。
「あんな露出多い格好、もう二度としちゃダメだからね」
「ゔ!?」
「で、しょうちゃん。いつお嫁さんにくるの?」
うわ、すっごい目泳いでる。え、人間の顔ってこんな風に赤くなるんだ、すごい。
真っ直ぐ見つめていたら、掴んでいた手が何故かガタガタと震え始めた。相変わらず震える時の振動がマッサージ機なみ。
イチャついてんじゃねぇ!と、片付け中の叶が叫んだ気がするけれど、それは無視。
だっていま、楽しいし。
「おっ、よ、め……さ……」
「さっきプロポーズしてくれたじゃん。結婚してって」
勢い余って「結婚して!」と言われることが多いのだが、そう言えばまともに返事をした覚えがない。
おそらく聖も真面目なプロポーズだなんて思っていないだろうし、半分冗談のようなノリなのだと思う。だけど、うん。
聖なら結婚してもいいよ。
「それとも、私がお嫁さんのほうがいい?」
「お、およ、おおおおよ、およ!」
あ、バグった。
視界の端っこで、チエリさんと晃太郎が爆笑していた。
このふたりもどうやら順調な付き合いを続けているようだし、もしも将来結婚するなら式には是非呼んでほしい。聖と連名で参列するから。
「聖、私をお嫁さんにしてくれる?」
がふっ、だか、ごふっ、だか聖の喉から変な音が聞こえた。
ときおり、「死ぬ!」とか「吐血する!」とか言うけれど、まさか本当に吐血したりしないよね!?
「わ、も、あ、の!そ、そそ、そそそそそ」
あ、と思った時には、掴んでいたはずの手が振り切られてしまっていた。力つよいなぁ。
じりじりと聖が後退していく。やり過ぎたかもしれない。
「瑞ちゃんのバカァ!」
弾丸のように、一瞬で聖が消えた。
え、あ!
「逃げられた!」
爆笑しているカップルと、何故かブチギレている叶を無視して、置き去りにされた聖のリュックを掴む。
おっもいなぁ、もう!
委員会本部から飛び出して、聖の後ろ姿を追う。聖はスニーカー、私はヒール。聖は手ぶら、私は重たいリュックとカバン。
ハンデあり過ぎだと思うんですけど。
走りながらリュックを背負い、カバンを肩に掛ける。
全力で駆け抜けていたら、びっくり顔のツチヤヒロミとすれ違った。
「じゃね、ヒロミ!」
「え……ぁ、うん!」
後ろから聞こえてくる笑い声は、たぶん空耳じゃない。そういえば、あの本と写真どうしたっけ、と思ったけれど、どうでもいいや。
やっぱり、あの女より聖のほうが可愛いじゃん。
魔王さま、また追いかけてる。と、誰かが言った。
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番外編第一弾、これにて了となります。
「わ、も、あ、の!そ、そそ、そそそそそ」から「瑞ちゃんのバカァ!」までのあいだに隠された聖のセリフを是非あててくださいませ
次回の番外編まで少しお時間いただきます。どうぞよしなに
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