ex. 魔界の王は追いかけたい 9

私のエントリーナンバーは八番。まさかのトリである。

まぁ、先程のミスコンの流れで分かっていたけれど。


ミスコンのトリはツチヤヒロミだった。衣装は現代風にアレンジした花魁衣装。衣装は聖以上のインパクトがあったが、正直、あの猛烈に長い物語風紹介文に比べたら、衝撃度合いは負けるだろう。


いま、舞台袖の向こうではエントリーナンバー七番の子が紹介されている。あの騎士の子だ。

騎士衣装はアニメキャラクターのコスプレだったらしい。作品名を聞いても知らないものだった。


男装コンと女装コンは、もともとミスコンの穴埋めで作られたものだ。その割にもっとも盛り上がるのは女装コンで、三部制コンテストの大トリには女装コンが位置付けられている。


毎年、イマイチ盛り上がりに欠けるのは男装コン。まぁ、気持ちはわかる。


「それでは最後の紹介です!」


二橋さんお願いします、の言葉に軽く頭を下げて、舞台袖から一歩、踏み出した。



「エントリーナンバー八番、心理学部精神医学科三年、二橋瑞。鷹条のツートップの登場です!」


うーん。これは恥ずかしい。


じんわりと温かく感じるスポットライトの向こうに、沢山の視線を感じる。

引きずるほど長いマントの裾を踏まないよう、意識してゆっくりと歩く。


やかましいし、眩しい。


「コンセプトは死者を統べる魔界の王」


だよね。紹介文、だよね。そうなるよね。

控室で読まされたあの設定書、やっぱり紹介文だった。


「彼は孤独でした。死者の国で、生きている者は彼ただひとり。強大な力と美しさを持つ彼の瞳は、いつの頃からか世界の色をうつすことを忘れてしまったのです」


最初に読んだときは『ふぅん、よく考えてる』と思っただけだが、妖精姫の設定を聞かされた後だと、印象がガラリと変わる。


これは、私と聖の物語だ。


「色のない世界に生きる魔王は、自身が孤独であることすら知りませんでした。しかしある時、そんな魔王の前にひとりの女性が現れました」


騒めく会場の中で、謙太郎と晃太郎の笑い声が聞こえた気がした。たぶん空耳だけれど、どこかで爆笑していることは間違いない。


あとで殴ろう。


スポットライトに目を細める。転ぶことなく、無事にランウェイの先端まで到着した。

ファッションショーであれば、ここでポーズでも決めるのだろう。しかし残念ながら、私にそんなスキルはない。棒立ちだ。


あぁ、笑いそう。


だって、最前列から聞こえてくるのだ。カシカシカシカシって、シャッター音が。コンテスト参加者の席は二階のはずなのに。


音を辿ってみるけれど、ライトの眩しさと客席の暗さで、聖の姿は見えない。あれだけ逃げ回っていたくせに。喧嘩していたんじゃないの、私たち。


「魔界に堕ちたその妖精は、魔王にとって初めて出会う生きる者でした。遠くから、ときおり近くから送られてくる、妖精の視線。それを疎ましく思いながらも、魔王は次第に妖精との時間を楽しむようになりました」


すごい連写音。


長い紹介文を聞き流しながら、恥ずかしさを誤魔化すように聖の姿を探す。音は近いはずなのに。


「魔王はふいに気付きました。世界が明るいことに。淀んだ灰色の視界に、色がついていることに。その色をつけたのが、あの妖精姫だということに」


音を追いかける。


私を写す、シャッター音を追いかける。


聖、いま何を考えているのかな。その写真には、どんな色が乗っている?


「彼は胸に灯る想いを握りしめて、微笑みました。ストーキングをするくせに、すぐに逃げてしまうあの妖精を追いかけるため」


物語はここでおしまい。

カピバラ男の言葉に合わせるように、目の前の席がきらりと光った。


ふふ。シャッター音、響きすぎでしょ。


マントを翻して、短いランウェイを引き返す。シャッターの音が、また遠ざかっていく。


舞台の下手で原稿を読み上げていたカピバラ男と目があった。ニコニコしながら、こちらに手を振る。


あ、なんか嫌な予感がする。仲が良いと思っていた男友達がふいに出すあの雰囲気。

カピバラ男とは仲良くなった覚えはないけれど、ダメな予感がする。


ランウェイを歩き終わり、舞台の中心に戻った。下手にいたはずのカピバラ男が、マイクを片手に近づいてくる。


「二橋さん!あえて逃げ場のない今日、言います!」


会場のボルテージが上がって、いくつもの歓声が聞こえる。

バレないように、こっそりとため息をついた。最悪だ。


こういう目立ち方、本当に嫌いなんだけど。


「三年前、入学式で初めて会った時から好きでした!付き合ってくだ」


「ごめんなさい。断りします」


マイクを通していなかったので会場には聞こえていないはずだけど。

崩れ落ちたカピバラ男の様子で結果は伝わったようで、会場は笑いとぬるい拍手に包まれた。


よくやった、ドンマイ、などとちらほら聞こえてくる。こいつの健闘を称えるのも良いけれど、私が被った迷惑も鑑みてほしい。


無駄に盛り上がった会場とコンテストの進行など頭から追い出して、暗い会場を見渡す。ここからでは聖のシャッター音が聞こえない。


「あっ!」

「え、に、二橋さん!?」


「逃げた!」


講堂の椅子の隙間に、赤いドレスが流れていく。ランウェイの上という近距離では明暗差で視認できなかったが、この位置からであればハッキリと赤色が見えた。


これ、なんで逃げたの?


「はぁ……あと宜しく」

「え?え?えぇ!?」


重たいマントをたくし上げてランウェイを走り出した。


会場、うるっさいな!スポットライトは追いかけてくるし!


ランウェイの先端には残念ながら階段などなく、仕方ないから飛び降りた。着地を失敗して軽くよろめいたのは見ないフリだ、見ないフリ。


視線と謎の声援をくぐり抜けて、さきほど聖が走り去った道を走る。布の量が多いぶんだけ、やたら走りにくいんですけど。


重たい扉を押しあけて左右を見る。


いないし!


私、足遅いんだけど。運動も苦手だし、走るのも嫌いだし。なんでヒール履いてその速さで逃げるかなぁ。


講堂を出てフラフラと探し歩いても見つからない。この格好をしていても、学祭というお祭り騒ぎの中ではそこまで人目を惹くこともなかった。全身着ぐるみで看板持っている人もいるくらいだし。バニーガール姿の男もいたし。


噴水の横で、出店のジャンクフードを片手に駄弁る学生。サークル棟の横にある目立たないベンチ。学祭中は閉鎖される人工林の入り口。


広すぎるキャンパスの敷地をふらふらと彷徨ったが、結局赤いドレスは見つからなかった。


カピバラ男のクソ告白と聖の脱走で思考放棄したが、さすがの私でもいまさら堂々と戻るのは怖い。なんといってもランウェイを爆走だ。


…………ちゃんと爆走できてたかな。


脱走した聖を追いかけるために飛び出したが、今となっては私の方が大学から逃げ出したい。相変わらず人がわちゃわちゃと集まる講堂の前をこっそりと眺める。


目立つようなことをしてしまったが、どうせ今頃は女装コンで盛り上がっているはずだ。そう思い込むことにする。


『大鷹アリーナ』の字に被せるように、ミスコンや女装コンの看板が掛けられている。

荷物もスマートフォンも着替えも控え室に置き去りだ。どうせ捕まえられないのなら、着替えてから追いかければ良かった。


ため息をひとつ漏らして、関係者以外立ち入り禁止のロープを跨いだ。


「あ、瑞ちゃん」


いた。

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