ex. 魔界の王は追いかけたい 8
「うははははは!やべー!あはははは!」
「似合いすぎんだろお前マジで!くく、あははは!」
「晃太も謙太も、それ以上笑ったら私ガチ泣きするからね」
涙に訴えるのはズルいだろ!と叫びつつ、晃太郎は笑いを止めない。謙太郎は先ほどからなんとか笑いを鎮めようとしている努力が感じられるので許した。
衣装の装着も終わり、化粧もヘアメイクも真理さんにやってもらった。
控室に置かれた大きな姿見で、もう一度自分の姿を確認する。
黒と金を基調にした軍服のような服に、重たい黒色のマント。裾には魔法陣のような金の刺繍が入っている。
これ、服飾サークルの人が手で刺繍したらしい。意味がわからない。技術力が高度すぎる。
肩の上にさらりと流した髪、分け目を変えて額が晒されていた。
自分で言うのもなんだが……
「いや、似合いすぎじゃない?」
「だからそう言ってんだろ、映画の登場人物みたいになってんぞ、ハジメ」
謙太郎の言う通り、そこに立っているのはもはや二橋瑞とは言えない。どこからどう見ても、ファンタジー世界の住人だ。
控室はさっきから騒めきっぱなしだし。
「で、ハジメ。役名は?」
「なんだっけ……えっと、死者を統べる魔界の王」
「わはははははは!さいっこう!」
そう、魔王だ。今年の男装コンテストのお題はファンタジー。まさに直球、ど真ん中を突いてきた。
姿見の中の私は、いかにも中性的な魔王さま然としている。長いままの髪も違和感がない。
他の面々はなにかのアニメのコスプレだったり、騎士っぽい格好をしていたり、背の高い女の子がそれらしい衣装を着ているだけ、という感じ。
ひとりだけ気合いが入っているようで、なかなか恥ずかしい。
弾けたように笑う晃太郎を睨みつけても、とくに効果はない。
晃太郎の彼女、チエリさんはミスコンの控室にいる。聖のお世話だ。
おふざけモードが漂う男装コンと違い、チエリさん曰く向こうはどうやらギスギスしているらしい。おそらくだが、全体の空気が悪いわけではないのだと思う。
原因は聖とツチヤさんだろう。
仲良く、まではいかずとも、せめて喧嘩するようなことはないと良い。
鏡の中にうつる魔王は無表情だ。
うーん、こうしてみると思いのほか表情筋が機能していない。自分ではもっと、この、頬のあたりとか、この、口元のあたりとか、結構動かしているつもりなのだけど。
意識して笑ってみる。
ヒェェ!と後ろから黄色い悲鳴が聞こえた。あぁ、騎士の子か。鏡越しに目があったので、とりあえずもう一度微笑んだ。
「ハジメ、その恰好ならハーレム作れんじゃねぇの?」
「作ってどうすんの」
「世界中の童貞にマウントとる」
謙太郎の冗談に、あはは!と声をあげて笑った。
「ハジメさー……まッ!?ヤッッッバ!ヤバい!語彙力死んだ!たぶんコレ、ショウさんの心臓止まるわ!」
「叶、時間?」
「冷静かよ!」
ひとつだけツッコミを入れるとしたら、叶、いま「ハジメさま」って言ったでしょ。気持ちは分からないでもない。魔王だし。王様だし。自分だと思うと微妙な気持ちになるのは置いておいて。
控室の扉を開けた放った姿勢のまま、叶がこちらを凝視している。
「え、無理、ハジメさん、付き合ってください」
「節操なさすぎるでしょ。ソウマ先輩に怒られるよ」
「えー、無理無理、なにこの美しすぎる魔王さま……あ、そうだった、ミスコン始まるよ!皆さーん!ミスコン見学する方は講堂の二階にスペース準備してありまーす!行く人はついてきてくださーい!」
案内係の叶に従って、男装メンバーがゾロゾロと歩く。エントリーメンバーはわずか八人。全員準備は終えているらしく、結局八人ともミスコン見学に向かっている。
晃太郎と謙太郎は一般生徒用の席に向かった。
途中で女装コンテストメンバーも合流して、一行は更なるゲテモノ集団へと姿を変えている。
女装コンテストも内輪ノリで作られた催し物だ。ちらほら似合っている男の子もいるが、大半はエグい見た目になっている。
なんかひとり、筋肉がすごい人もいるし。そんなムキムキの魔法少女イヤだよ……ぜったいパンプアップしてきたでしょ。薄ピンクの衣装がはち切れそうだった。
講堂、正式名称『大鷹アリーナ』。その二階に用意された見学用のスペースは布で外部から隔離されていて、一般見学の学生からは見えないようになっている。
手すりに寄りかかって、舞台の上を眺めた。
『大鷹祭ミスコンテスト』ね。
舞台下手にスタンドマイク、その前にいるのはコンテスト実行委員長である鼻ホクロカピバラ男。名前は忘れた。
ミスコンのエントリー人数は十三名。ひとりずつランウェイを歩き、その間にカピバラ男が紹介文を読み上げるらしい。
審査員には教授たちの名前が連なっている。学生のお遊びに付き合わされて大変だな、と思っていたのだが、本人たちは案外楽しそうにしていた。
「あの……先輩」
「…………ん?あ、ごめん、私?」
「あ、はい!あの、覚えてもらってるか分からないんですけど、私、あの……」
呼びかけられたのが自分だと思わず、危うくシカトしてしまうところだった。
話しかけてきたのは騎士の子だ。近くで見ると見覚えがある顔をしている。誰だっけ。
モジモジして話し始めないので、じっと見つめて考える。誰だっけなぁ。
「あ、軽音の子だ」
「そ、そ、そそそそうです!良かった、覚えててくれた!あの、今日の恰好めちゃくちゃカッコいいです!」
「ふふ、ありがと。あなたもソレ、似合ってるよ」
あぁ、思い出せてスッキリした。良かった、誰?って聞かないで。
第二のツチヤヒロミを生み出したところで、得する人なんて誰もいないから。今後は気をつけよう。
「先輩、最近あんまりサークル来てくれないので……」
「あぁ、私、メンバーじゃないしね」
「えっ」
いや、驚かれても。
たしかに準メンバー扱いではあるけれど、正式なメンバーになった覚えもなければ、どこかのバンドに参加したこともない。
名前も知らない騎士の子が恥ずかしそうに話しかけてくるのを、適当に聞いているフリをして右から左に流す。
面倒だなと思いつつ、メッセージアプリのIDだけ教えてあげた。あとで謙太郎たちに名前を聞いておこう。
「あ、始まりますよ!」
騎士ちゃんの言葉に、視線を舞台に戻した。コンテストの規模は小さくなったが、客席はほぼ満席である。
カピバラ男がランウェイを歩く参加者のプロフィールと、衣装のコンセプトを紹介していく。いま歩いている子は一年生、衣装は赤いチャイナ服。
聖のほうが可愛い。
ぱらぱらと上がる拍手。名前を呼んだのは彼女の友だちだろうか。ここからでもはにかんだ笑顔が見えた。
続々と参加者が紹介される。やはり男装コンや女装コンに比べると、衣装も手が込んでいる。いま歩いている子は赤い……ナース服?なんで?
うん。でも、聖のほうが可愛い。
あとふたり、残るはツチヤさんと聖だけだ。出演順、いったいどういう方法で決めたのだろうか。
「エントリーナンバー十二、心理学部精神医学科三年、新本聖」
聖だ!
上手がスポットライトで照らされて、どこか照れた様子の聖が歩いてくる。
「おぉ」
おっと、声が漏れた。
恥ずかしいのか、ずっと足元を見ている。顔、上げてくれないかな。
でも、ちょっと待って。露出多くない?肩も背中も思い切り見えている。
いや、エンパイアラインのドレスは綺麗だし、胸元のファーも華やかで似合っているけど。
露出多くない?
「コンセプトは魔界堕ちしたようせ……え?」
「え?」
カピバラ男に被せるように、戸惑いが口から漏れた。えっと、魔界堕ちした?なんて?
「失礼しました。コンセプトは魔界堕ちした妖精姫。好奇心旺盛な妖精姫はある日、興味が抑え切れず魔界へとお忍びで出掛けます」
なんて?
「そこで彼女は出会ったのです。美しい魔界の王と」
なんて?
「一目で恋に落ちた妖精姫は、妖精界へ帰っても遠くから魔王を見つめ続けました」
紹介が長過ぎて、聖がランウェイの先端から動けなくなっている。
この設定、どう考えても『モンド・マニフィック』の仕業だ。なに、妖精姫って。
「立場の違いは妖精姫の恋路を阻みました。けれど、彼女は諦め切れなかった。魔王への恋心が抑え切れなかった妖精姫は、ついにその手を罪に染めてしまいました」
会場からクスクスと笑う声が聞こえた。
「そう、妖精姫は魔王の姿絵を盗んでしまったのです」
おっと?
これ、考えたの『モンド・マニフィック』じゃなくて、真理さんと優花さんだな?
あ、聖が羞恥で死にそうな顔をしている。
「罪を冒した彼女は魔界へと追放されてしまいます。しかし、妖精姫は諦めない。魔王と結ばれたい、その一心で、魔界へと堕ちた妖精姫はその日から魔王の、え?……ス、ストーキングをするようになりました」
ふと、スポットライトに照らされた聖が顔を上げた。いつもはしない、キツめのメイク。
でも少し、聖らしい甘さが残っている。なるほど、魔界堕ちした妖精姫ね。
「魔界堕ちした妖精姫は魔王と結ばれたのか……この物語の続きは十四時開催の大鷹祭男装コンテストで!」
笑い声混じりの歓声の中、私の可愛い盗撮魔と、たしかに目があった。
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