ex. 魔界の王は追いかけたい 7

お前ら、いつまで喧嘩してんの?と聞かれても、そんなの私が知りたい。

喧嘩をしているわけではないのだ、と主張したところで、逃げられる日々が続いているせいか、長い痴話喧嘩だと認識されてしまった。


口内炎もとっくに治って、聖に逃げられているあいだに生理も終わって、キスもセックスもばっちこいといったところなのに、相変わらず聖は拗ねモード続行である。否、拗ねモードというよりは逃げモードのほうがしっくりくる。


話しかけてみてもひと言ふた言で逃げられるし、ストゥルティにも来てくれない。メッセージを送ってもそっけない。


何度か追いかけてとっ捕まえたのだが、昨日は子どもみたいにイーッ!と歯を出して暴れられたので挫けた。

もはや私に手の打ちようはないのである。


まぁ、見かけたらまた追いかけるけど。


「あの、その、姫さま。モッチンとこのまま別れたり、しないよね?」

「ん?しないけど、なんで?」

「いやぁ、あの、まぁ、友人なので一応」


モンド・マニフィックで最後の衣装合わせをしながら、真理さんにそう言われた。

彼女は純粋に心配なのだと思う。友人として、聖のことが。


これはたぶん喧嘩なのだろうけれど、もはや喧嘩としては姿を保てていない。


思いのほか長期化してしまっているだけで、聖はおそらくもう拗ねていないし、私同様、この追いかけっこを楽しんでいる。


だって、イーッ!とジタバタ暴れていたときの聖、笑っていた。


キス禁止令から始まった喧嘩ごっこという名の追いかけっこ。

聖を見つけたら、私が追いかける。聖は逃げる。たまにわざと逃したり、わざと捕まったり。


聖が拗ねる原因を作ったのは私なので、飽きるまで付き合うつもりでいる。


「狩をしてるみたいで結構楽しいから」

「か、狩……」

「逃げるシマウマを追いかけるチーター、ってかんじ」


いつもは私が捕食されるのだから、たまには捕食者側に回ってみるのもいい。

ベッドの中だってなかなか脱いでくれないし、ぜんぜん触らせてくれないし。


逃げられる日々を送っていても不安や焦燥感がないのは、確実に聖の視線とシャッター音だった。まったく隠れるつもりのない盗撮魔が、気づくとこちらにレンズを向けている。


可愛い盗撮魔に付け狙われる。だから追いかける。


「もう一ヶ月やってるから」

「喧嘩なっげぇ……」


「あはは!この調子だったら、大鷹祭まで逃げるんじゃない?」


聖の考えてること、なんとなく分かるのだ。ここまでお互いに隠し通したのだから、やっぱり当日までお楽しみにしておきたい。

あまり近くにいると、ぽろっと衣装のことを話してしまいかねない。


真理さんとモンド・マニフィックの皆さんが手掛けてくれた衣装。やたらと派手なこれを身に纏って、姿見の前に立つ。


一ヶ月で二着も作れるのかと思ったら、どうやらモンド・マニフィックの所属者フル動員で二着を作り上げたらしい。


後ろで見ているサークルの皆さんの目が、宝石みたいにキラキラしていらっしゃる。


うん。我ながら似合う。


「ちゃんと男の人に見えるかな?」

「当日は私がメイクするから大丈夫!男装メイク!」


鏡の中の私はいつも通りの化粧で、あまり男性には見えない。しかし、衣装のデザインのお陰か、それでもあまり違和感はなかった。


おろしたままの髪を一房つまみ上げる。


「ほんとに髪、このままでいいの?」

「いいの!それがいいんです!一応、髪もやるけど、でもウィッグ被せたり結ったりはぜったいにしないから!」


「そか」


勢いに押されつつ、ひとつ頷く。


衣装のデザインや出来も良いのだけれど、なによりもプロデュース力が凄まじい。

聖のミスコン用衣装とセットになっているらしく、なにやらそれぞれのキャラクター設定までされていた。


当日、着替えの際にその設定資料を読まされると聞いている。


「これほんと、小説一本できるよ……」

「メディアミックス前提でしょ……まずコミカライズ……」

「そんでアニメ化」


サークルの皆さんが後ろでこしょこしょ。声をひそめてくれているが、大きな声で喋ってもらっても、どうせ何を言っているか分からないのに。


「これは五百パーセント優勝が狙えるわ……」

「ん、うん。そうだといいね」


真理さんの手を借りながら、重たいマントを外す。こんな良さげな布、使っても良かったのかな。


真理さんとモンド・マニフィックの皆さんにサービスのつもりで微笑みかける。

唇の片端を吊り上げて、少し高慢に。この衣装に似合わせるなら、こんな感じかな。


「尽力、感謝する」


気の利いた一言は思いつかなかった。


心臓の辺りを両手で押さえた真理さんが、瀕死の声で言葉を捻り出した。


「……推せる……ッ!」




最後の衣装合わせも終わり、さて帰ろうと思ったところで鉢合わせた。私の後は聖だと聞いていたから、今から衣装合わせに向かうのだろう。


あ!と慌てた聖の行手を阻むように、両手を広げて立ち塞がる。踵を返して逃げようとするけれど、そう簡単に逃げられてたまるか。


この一ヶ月だけ追いかけっこを続けたわけじゃない。私は何度も、ヘタレの聖を捕獲してきたのだ。ベッドの上とか、温泉の中とか。


私はヒール、聖は重すぎるリュック。ハンデはどちらも似たようなもの。


腕を掴んで引き寄せる。


「はは!捕まえた!」

「んー!はーなーしーてー!」

「やーだねっ!」


人の多いサークル棟の入り口で、随分と迷惑なことをしている自覚はある。が、何時間も続けるわけでもあるまい。


逃げられないように抱きしめたけど、まぁデカいリュックが邪魔なこと。

仕方ないので首筋に顔を埋めて、マーキングするようにぐりぐりと額を押し付ける。


追いかけっこ、早く終わらないかな。


「にーはーしーさーん!穴という穴から何か出そうになるのでやめてくださいー!」

「あはは!大惨事じゃん!」


だけどマーキングはやめない。これくらい許してよ。

といっても、もはやお互いに追いかけっこのわけを見失いつつあるのだけど。


そういえば、真理さんに別れないか心配されたんだっけ。墓場太郎や叶は呆れているようだったが、眺める角度によっては深刻な喧嘩にも見えるのだろうか。遊んでいるだけなのに。


うーん。


こんなに学生の多いところで思いっきりキスして舌を捻じ込むわけにもいかないし。仕方ないので、髪で隠れるように、戯れるふりをして聖の首筋にグロスの跡を残してやった。


驚いたのかな。体、すごい跳ねた。あー、私も触ってみたいな。


白い首筋に残る、濃いピンク色。ラメが入っていたら、もう少し鮮やかなキスマークになっただろうか。

でも、鬱血痕のキスマークより、可愛らしくていい気がする。服に着いたらごめんね、と思いつつ、ここにマーキングしたことは内緒。


あとで真理さんに見つかって恥ずかしい思いをしてしまえ。


「ちょっと、聖、暴れないで」

「はーなーしーてーよー!私が爆弾だったらどうするの!テロリストかもしれないでしょ!ほら、はなして!真理に呼ばれてるの!ねぇ!お願いします!はなしてください!私たち、一応喧嘩中だからねぇ!?」


いちおう、ね。というか、爆弾を"持っていたら"じゃなくて、"爆弾だったら"なのおかしくない?聖が爆発するの?


喧嘩ごっこ、楽しいね、聖。

栗色の髪から覗く耳に、唇を寄せる。真理さんたちには気の利いた言葉は言えなかったけれど、聖を効果的に轟沈させるのは得意だから。


ほら、発作の準備して。


なるべく吐息を含ませて囁く。



「大鷹祭終わったら仲直りしようね、ベッドで」



ぱっと解放したら、ジェットエンジンでも搭載したみたいに、真っ赤になった聖が飛んでいった。

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