第79話
ロックン!ロール・キャベツ、の文字にギターを持ったロールキャベツのイラスト。チエリさんのダサいTシャツは相変わらずインパクトが大きすぎる。
ダサTシャツのチエリさんに、地味とぽっちゃり。
そして、晃太郎。
謎すぎる。なにこのメンツ。
「ま、まぁ、あのぉ、モッチンとクロリーナさんも座りましょう」
「クロリーナじゃないし」
「ア、ハイ、スミマセン!」
促してきた地味女が、ぴしゃんと背筋を伸ばした。
「こら、瑞ちゃん。威圧しないの」
「ん、ごめんなさい」
「イ、イエ……コチラコソ、スミマセン」
ヘラヘラした晃太郎を睨みつけながら、聖の隣に座る。
いや、マジで何事なの。このメンツに晃太郎って、本当になに。
というか、この店は誰のチョイスなのだろう、と思ったらチエリさんが「適当にランチコース予約してるから」と明るく言った。
そのダサいTシャツで、創作フレンチを選択するの、あなたも何事なの。
全員無言のまま、ウェルカムドリンクと称された白ワインを舐める。美味しくない。
「ん、このワイン美味しいね。ここ、チエリが予約したの?」
「そうだよー。晃太郎くんに連れてきてもらってから、気に入っちゃった」
「は?」
私の視線から逃げるように、晃太郎がぎゅんっと横を向いた。
本当、なに?え、晃太郎がチエリさんを連れてきたの!?どういう状況!?というか、どういう関係!?
「もっちゃんが話したいことあるっていうからさ、ついでにと思って、あたしもご報告」
チエリさんが晃太郎の肩に腕を回して、ニッと笑った。聖ではなく、私に向かって。
「えー、このたびトヨダチエリと鈴原晃太郎はお付き合いすることと相成りました!」
「は?……はぁ!?晃太、マジで!?」
「えっとー、そういうことです。スマン、黙ってて」
聖の報告会についてきただけなのに、何故私が一番驚く羽目になっているのか。
聖はぽやぽや笑って、そうなんだぁ、おめでとうとか言っているし、たぶんここまで動揺しているのは私だけだ。
晃太郎が誰と付き合おうが自由だし、とやかく言うつもりもない。けれど、タイミングというものがあるだろうに。
しかも、相手は聖の友人だ。
「そこまで驚くかー?」
「驚くでしょ。言えよ。え、謙太は知ってんの?」
「はは、まだ言ってねー」
味わうわけでもなく、晃太郎がぐいっとワインを飲み干した。
ちょうどよく前菜が運ばれてくる。
「つーか、あれだよ。焼肉んときに言おうと思ったんだけど、お前がショウさんと別れたとか泣き出すから」
「え!?」
「え!?」
いまの「え!?」は誰だ。三人くらい声が重なっていたような気がするのだけど。
「え、もっちゃんとクロリーナさま付き合ってたの!?というか別れたってなに!?え!?一時期のハイテンションと地獄の番人みたいな浮き沈みってそのせい!?なんで隠してたの!?」
「待って、瑞ちゃん泣いたの!?私の前では泣いてくれなかったのに!というか瑞ちゃんを泣かすとかギルティ!犯人は誰!わ、た、し、だぁ!ごめんね、瑞ちゃん、あ、でも私のために泣いてくれたってこと?えへ、えへへへ」
「チエもモッチンもストーップ!情報量多すぎだから!うちら置いてけぼりだから!ひとりずつ説明しろ!まずはチエとナントカくん!」
場が突然ワタワタと慌ただしくなったかと思いきや、ぽっちゃりが大きな声でまとめてくれた。
「いや、まずは自己紹介でしょ。私、チエリさん以外のふたり、名前も知らない」
「ア、ハイ、ソウデスネ。スミマセン」
「こら、瑞ちゃん。威圧しないの」
してない、と低い声で言えば、聖と晃太郎に笑われた。威圧なんてしていない。地味子とポチャ子が勝手に縮み上がるだけだ。
「はーい、じゃあ自己紹介します!豊田千枝梨です!千の枝に実る梨、豊かな果実の千枝梨ちゃんだよ!」
なんだそのアイドルみたいな自己紹介。
「はい、優しい花の万年ダイエッター、万年優花です」
待って。
「全ての真理は森の中、森中真理」
だから待ってって。
明るいチエリさんだけならまだしも、なぜポチャ子と地味子まで口上があるの。聖も笑ってないで突っ込んでよ。
「聖夜に生まれし新たな光、新本聖!セイって書いて、ショウって読むよ!」
ウインク、パチーン!じゃない。貴方の名前はここにいる全員が知っています。
「なんで聖までその謎自己紹介持ってるの!なんなの!晃太とチエリさん以上の驚きなんですけど!」
「あはははは!黒猫姫、クロリーナさまも、さぁ!」
「心に掛けるは慶賀の橋!黒猫姫、二橋瑞!じゃない!やっちゃったし!……おい、晃太てめぇ笑ってんじゃねぇぞ」
吹き出した晃太郎に凄めば、ぴたりと笑いを沈めて静止した。うん、謙太郎のおかげでよく躾けられている。
「あー、なるほど……クロリーナさまの漢字、瑞、だもんね。吉兆のシルシだから慶賀?よく即興で思いついたね。つか、美人でノリ良くて賢いとか、神様なに考えてんの?理不尽すぎない?せめて冗談は良すぎる顔面だけにしてくれよ。マジでずっと思ってたんだけど、足の長さと顔の小ささ尋常じゃないからね。脳みそと内臓どこに詰まってんだよ」
一気にドバドバと出てくる言葉の奔流に、内容がほとんど頭に入ってこなかった。かろうじて神様と脳みそだけ聞こえた。
以前話をしたときにもマシンガントークだな、と思ったが、これは想像以上かもしれない。カメラのことについて語る聖が可愛く思える。
「チエリさん、ごめんね。早口すぎて最後の脳みそしか聞き取れなかった」
「あはー、こちらこそオタク特有の早口ぶちかましてスミマセン。気持ち悪かったら気持ち悪いって言ってね。あたしらがキモイのは事実だから」
「いや、気持ち悪くはないけど。聞き取れないのは申し訳ないなって」
ポチャ子あらため優花さんが、「イイコ!」と叫びながら額を抑えてのけぞった。
え、なに!?と思った瞬間、口元から勝手に笑い声が漏れた。
「ふふ、あははははは!やば、聖がたくさんいるみたい。めっちゃ面白い、ふふ」
「はぁぁぁぁ、かわよい……至近距離クロリーナさま、モッチンの盗撮写真で見るより二百八十四万とんで八十倍かわよいな!?」
「あはははは!無理!やめて、腹筋壊れる!どこから出たの、その数字!あ、二八四、ニハシだ!あははは!」
ひぃ、と息をついたら、目の前に白い布がさっと翳された。テーブルの上に置かれていた謎の白い布巾である。
レストランで時折見かけるこれ、未だに何用なのか分からないんだよね。
そんなどうでもいいことを考え、視界を遮った犯人の顔を見る。
「瑞ちゃんの笑った顔は破壊力が高いので。あと、そのぉ、誰にも見せたくない、ので」
「嫉妬?」
「そうとも言う。またの名を独占欲」
白い視界の向こう側から、オオイ!イチャついてんじゃねぇ!という晃太郎の声が聞こえた。
笑いすぎて火照った頬を手で覚ましながら、布をチラリと捲る。
「千枝梨さん、優花さん、真理さん。私と聖、付き合ってます。一回別れたけど。"うちの新本"じゃなくて、この人、もうずっと前から私のだから。そういうことなので、どうぞ宜しく」
以上、報告終わり。
片手で顔を覆った聖が、その手の下で『ぅゔん!』の顔をしていた。またひとつ、笑いが漏れる。
ごめん、最後のほう理解できなかった!とチエリさんの非難が飛んできたけれど、詳しく説明してあげるつもりは毛頭ない。
あの時の電話、チエリさんだったっけ。
晃太郎いわく、恋愛が絡むと私は面倒くさい女らしいから。根に持ってるの。
電話で『うちの新本がすみません』って言われたこと。今だったら、所有物宣言してもおかしくないよね。
「聖は私のでしょ?」
あ、発作起こした。ウケる。
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