第78話

銀色の大きな日傘が強い日差しを遮る。先日買ったばかりの新しい日傘は、歴代の中でもかなりの優れものだ。


軽量で紫外線の遮断性も良く、さらに晴雨兼用。ネットで評価が高くどこも品切れ、入手するのに手間が掛かっただけある。

ひとつ難があるとすれば、可愛くない、という点だけだ。表も裏も銀色の大きな日傘はユニセックスなデザインで、とにかく可愛くない。


「私もこの傘ほしい……」

「良いでしょ」

「うん。さすがアウトドアブランド」


平日、真夏の真っ昼間。そのくせそれなりに人通りが多い駅前を、ふたりで歩く。

ひとつの日傘にふたりで入る。雨の気配はないけれど、これもまた相合い傘だ。


聖とよりを戻して一週間、なぜか半同棲生活みたいになっている。あの日持ち込んだ重たいスーツケースも、いまだ私の部屋にある。


だから、今日の聖の服は下着と靴を除いて私のものだ。


恋人と半同棲生活なんて言ったら、肉欲まみれの爛れたものになりそうだと思っていた。けれど、この一週間、セックスどころか舌すら絡めていない。


一回別れたせいで瑞ちゃんの顔面耐性がリセットされた、とか、瑞ちゃんが私のこと好きだって思っただけで心臓が死ぬ、とか。

そんなわけのわからないことばかり言って、キスすら途中で逃げられた。


同じベッドで寝ているくせに、抱きついて眠ることすら許してくれないのだ。


よりを戻した晩、聖に触ってほしい、と正直に言ったところ、本気で鼻血を出しそうになっていた。なので、本当はもう私のことを好きじゃないのではないか、なんてことで悩んだりはしない。


充血してギラギラした目で、鼻を押さえる姿は、まあまあ迫力があった。笑ったら怒られたのも、記憶に新しい。


現在、私は聖との触れ合いタイムをお預けされている。関係を戻して早々にセックスレスとか、だいぶあり得ないと思うけど。


「あ、もうみんな来てるって」

「急ぐ?」

「すぐそこだし、のんびりいこ」


聖の言葉にならって、指定の店にゆっくりと足を向ける。

アパートから最寄りの駅は相変わらず閑散としていたけれど、ここは新幹線が止まるだけあって忙しなく人が動いていた。みな、この暑さで気怠げな顔をしている。


今日の待ち合わせメンツは、聖と仲の良いあの三人だ。あまり会うこともないので、顔はおぼろげだし、名前もチエリさんくらいしか知らない。


「あー、謙太郎くんたちに知られてたのは意外だったぁ……」

「ん、ほんと、ごめん」

「怒ってないよぅ」


今日の集まりは、いわば報告会。


私との関係を、聖はあの三人に伝えていなかったらしい。

仲の良い三人にだけは正直に話したい、と真剣な顔で相談されたので、「実は謙太と晃太には言っている」と話したら度肝を抜かれた。


たしかに私は誰と誰が付き合っているとか、自分たちが女同士であるとか、そういうことを気にしたことがない。とはいえ、それを気にする人間がいることも理解している。


理解しているくせに、その点に関して聖と話し合ったことがないのは、本当にどうかと思う。私たちはどこまでも言葉が足りない。


『自分は女だけれど良いのか』と聖に聞かれたことがある。そのときに、聖や私の周囲についても考えるべきだったのだ。


晃太郎や謙太郎に正直に話したのは故意ではなく、彼らが自分で勘づいた故だ。

それでも、ふたりが私たちの関係を知り、理解を示してくれたことをきちんと報告すべきであった。


性嗜好や性自認というのは、デリケートな問題だから。


「たぶん、叶も知ってる」

「マ!ジ!ですか!?」

「うん、マジ。付き合う前に、女同士とか気持ち悪くないのって聞かれたし」


前触れなく聖がぴたっと足を止めたせいで、傘の端っこが聖の頭に突き刺さった。痛そう。


「は、瑞ちゃんは、なんて……答えたの」

「ん?LGBTもPZNも同じって」


「ごめん、分かるように言ってもらって良い?」


はて、あのとき私はどんなふうに叶に語ったのか。

LGBTもPZNも同じ、とは言ったが、ペドフィリアもネクロフィリアも話題にあげていないような気がする。


あぁ、対物性愛については喋ったな。ベルリンの壁と結婚した女。


「同性愛だろうが対物性愛だろうが、動物性愛だろうが、『ふぅん』としか思わないって。猫に恋したら衛生面については悩むけど、それ自体は悩まない、みたいな?聖のこと気持ち悪いなんて思わないって、ちゃんと言ったよ」


聖のことを悪く言われるのは、あの頃から気に食わなかった。もしかしたら、その頃には恋の種が芽吹いていたのかもしれない。


あからさまにホッとした顔の聖に、勝手に笑いが漏れた。


「気持ち悪いなんて思ってたら、聖のこと好きになるわけないでしょ」

「うん、うん。そうだよね、うん、ふふ、えへへぇ」


直射日光が聖の肌にギラギラと照りつける。傘でそれを遮って、また歩き出す。


聖と仲良しの三人に、お付き合いしていますと報告をするのだ。セックスフリーな時代になりつつあると言えど、同性愛を気持ち悪いものだと、受け入れられないものだとする風潮は、まだまだ色濃く残っている。

もしかしたら、あの三人もそう思うのかもしれない。


それを覚悟の上で、聖が隠さないと決めたから。だから私は、今日、無理矢理ついてきた。こういうときは、ふたりで背負うものでしょう?恋人なんだから。

もう、指定の店はすぐそこだ。




待ち合わせです、と店員に伝えたら、すぐに個室に案内された。

創作フレンチのレストランは昼時らしく、満席近い客入りであった。高級店というわけでもないが、小綺麗でお洒落な雰囲気は安価を好む大学生には敷居が高いとも言える。


「ごめん、お……またせ?」

「おっす、もっちゃん。と、クロリーナさま!」


「は?なにしてんの?」


聖の肩越しにテーブルを覗き込んだら、思っても見なかった光景が飛び込んできた。

チエリさんたちに挨拶をするのが先だと分かっていても、この疑問を解消しなければ先に進めない。


「よ、よう」

「いや、よう、じゃないでしょ。なにしてんの、晃太」


なぜか、晃太郎がいた。

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