第58話 心霊写真と恋の噺2

一般には鷹条大と略される。


学力トップをひた走るような大学ではないが、社会に出てから最終学歴として名前を出しても恥ずかしくはない。

そこそこの知名度を誇る、そこそこの総合大学。メインキャンパスが田舎なだけあって、キャンパス内の敷地が広く、設備などが充実している。


それが、鷹取条南大学の一般的な印象であろう。


鷹取条南大学は戦後の教育改革の最中に高度教育を目的として建てられた。国民学校令が施工された時代にこの地域の旧高等小学校で教鞭を奮っていた者たちが創立者となり、名を広め、歴史を深め、今に至る。


「大量虐殺が起きたとか、そういう記録はないね」

「隠された歴史とか……ないか」


学内の図書館で涼みつつ、とりあえずと思い大学の歴史を調べてみた。

適当に資料を選んでぱらぱらと捲ってみたは良いが、だいたいどの情報も大学のホームページに載っている。


戦場の跡地だったとか、耳塚があるとか、そういう話もない。


「ネットで探してもオカ研のホームページしか出てこないよぅ」

「あれでしょ、キャンパスの建物の配置が黒魔術の魔法陣を描いてるとか、そういうの」

「そうそう。検証するためにわざわざドローン買ったらしいよ」


鷹条オカルト研究会。


やっていることは、まぁ、名前のとおり。オカルト、いわゆる超自然現象の研究である。

魔術の研究をする者、未確認生物を追いかける者、異世界への渡航を試みる者などなど、それぞれ興味のある分野で好き勝手に活動しているらしい。もちろん心霊現象を専門にしている者もいる。


目立ちはしないが、毎年それなりの人員を確保している、三大文化系同好会のひとつだ。

その一、アニメ研究会。通称、アニ研。その年の部員数に応じて、漫画同好会に名前が変わる。文化系同好会イチの人数を誇る。

その二、日本文学演芸同好会。通称、文芸。数年前に、日本文学同好会、落語同好会、歌舞伎同好会、女道楽会の四つが合併した。地域の皆さんと深い交流があるらしい。


そして最後がオカルト研究会である。


鷹条大の『うさんくさい』を全力で詰め込んだ研究会。それがオカ研。


「ツチノコの展示してるらしいよ」

「ぜったいパチモンでしょ……」

「写真載ってる」


聖が見せてくれたスマートフォンの画面には、お腹の部分がでっぷりと太った蛇のホルマリン漬けが写っていた。

これあれでしょ、ネズミとか丸飲みしたやつでしょ……


「UFOの撮影に成功した、だって。ほら」

「あはは!うっさんくさい!」

「あ、これは?鷹条キャンパスの七不思議」


『鷹取条南大学の変遷』という薄い冊子を閉じて、聖と一緒にホームページの記載を読み進めていく。

どうやらオカ研メンバーのひとりが、これらをひとつひとつ検証する、というブログをやっているらしい。更新はまばらで、一日にいくつも記事をあげたかと思えば、数ヶ月も間が空いたりする。


ブログの設立は七年以上前の日付なので、どうやら先輩から後輩へ受け継がれているようだった。


「えっとねぇ……法政棟の四階から屋上への階段、深夜に数えると十三段ある」

「すっごい普通の七不思議」

「夕暮れ時になると、第一校舎の五階フロアに両手両足のない幽霊が現れる」


テケテケですらない。


他にも『グラウンドと大鷹アリーナのあいだにある関係者以外立ち入り禁止エリアに火の玉が浮かぶ』とか、『農学部の温室付近で謎の呻き声が聞こえる』とか。


「ねぇ、聖」

「うん?早朝に学生会館にいくと地響きがする、だって。ほんとかなぁ」


「いや、楽しそうなところ悪いけど、調べなくてもだいたいネタがわかるよ……」


茶色い目に驚愕を滲ませてこちらを見る。


本当に分からない?と首を傾げて見せれば、分からないと首を横に振る。

この七不思議、ご親切なことに場所が細かく指定されているのだ。不思議現象の内容と当てはめれば、だいたいの想像がつく。


画面をスワイプして、最初の十三階段を表示させる。


「これ、法学部」

「え、うん。うん?」

「で、十三階段」


きょとんとした顔で首を傾ける様子は可愛いが、うまく説明できる自信はない。

聖には何度も解説が雑、と言われているのだ。


「えっと、高野和明」

「だれ」

「小説家」


『13階段』というタイトルのミステリー小説がある。仮釈放中の男と刑務官が、死刑執行間近の冤罪事件解明に挑む、という内容だったはず。


「十三階段って、死刑執行とか絞首刑の隠語になってるの」

「なるほど」

「だから、法政棟と十三階段」


あまり納得していない顔をしているので、次のページに移る。


「五階フロアにある、救命救急のアレ。両手足のない幽霊」

「うん?うん」

「あー、なんだっけ。アレ、心肺蘇生人形。両手足ないでしょ」


なるほど、と頷いた聖を確認して、次のページ。


『グラウンドと大鷹アリーナのあいだにある関係者以外立ち入り禁止エリアに火の玉が浮かぶ』。

おどろおどろしい字でそれらしいことが書かれている。


「立ち入り禁止エリア、あそこ焼却炉あるから。火の玉」

「あー!」

「温室付近の呻き声。となりに家畜小屋ある。鳴き声でしょ、動物の」


早朝の学生会館で地響き。これも分かりやすい。


学生会館の地下は道場だ。早朝、柔道やら剣道やらの汗臭い奴らが朝練をやっていることは知っている。


どう考えてもソレであろう。相撲部もあるし。どすこい!


「瑞ちゃん」


ピシッと顔面に人差し指を突きつけられた。噛み付いてやろうか。

いや、私が"その気"になりそうだからやめておこう。


「キミにはロマンというものが足りない」

「ロマン」

「そう、ロマン。心霊現象を追いかけるのに、そんな現実的な視線は必要なァァい!」


なにを言ってるのだ、この人は。

まぁ、楽しそうだからいいけどさ。


目の前の指を掴んで膝の上におろしたら、手の甲をすり、と撫でられた。背中がゾクゾクするのでやめてください。


「聖、あのね。よく聞いて。物事にはね、理由があるの。私たちが知りたい心霊写真の真実にもね、きっと理由があるの。これが現実的な理由じゃなかったとしたらね」

「なかったとしたら?」


「マジで、寺行きだから」


菩薩のような顔で、聖が止まった。


聖が撮ってしまった心霊写真が合成でないとしたら、おそらくそれなりにヤバい品だと思う。

だって、手だもの。マジモンの手。


オカ研のちゃちな七不思議なんかより、ずっと不思議で怖いものだという予感がある。

いちいち、こんな子供騙しに付き合ってはいられない。


「もし原因の解明が出来なかったらさ、瑞ちゃん」

「うん」


「私が祟られて死ぬまでそばにいてね!!」


さっきまでロマンどうこう言って楽しそうだったくせに、半泣きで縋り付いてきた。

図書室だから静かにしろと言ってもいいのだが、あの写真を見た今だと、冗談にもできない。


「死ぬ前にお祓いについて行くから」

「お、お、お寺にもついて来てくれるの?」

「うん、行く行く。行くから、ちょっと、締め上げないで、死ぬ」


グェッと色気のない声が出そうなほど締め上げられて、軽く三途の川が見えた。


「あ、あ、そうだ!ほら、幽霊はえっちな話が苦手だっていうから」

「あー、その先はなんとなく分かるから言わないでい……」


「原因解明してお祓いが済むまで、毎晩えっちしようね!」


バカだ、この人。

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