第57話 心霊写真と恋の噺1
いつもお読みいただきありがとうございます。
祝1万PV達成記念と、評価三桁ありがとう記念、連載1ヶ月記念に小話を書きました。
これはあくまで未来IFの話です。
本編の瑞がもだもだやってるので、誰だお前!というくらいベタベタした仕上がりになっております。
大学四年生の夏、心霊写真を撮ってしまった聖と瑞は……という怪談チックな怖くない短編全八話です。
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埃と精密機器。独特の匂いを漂わせるその小さな部屋で、私たちは何枚かの写真を眺めていた。
「光が写り込んじゃっただけじゃないの?」
第二校舎、通称サークル棟。その地下にある写真サークルに与えられた一室に、私たちはいる。
並べられた写真は六枚。どれも、大学の敷地内にある人工林のなかで撮られたものだった。すべて別の人間が撮ったものらしい。
一枚を指先でつまみあげて、目の前に持ってくる。言われなければ分からない。むしろ言われても信じがたい。いたって普通の木の写真。
花粉症患者が見たら発狂しそうな杉の木だ。
「んー、私もそう思ったんだけど……」
歯切れ悪くそう言った聖が、いま印刷したばかりの写真をプリンターから取り上げた。
六枚に一枚を足して、合計七枚。最後のそれだけ、聖の撮った写真だ。
数日前、小学生の団体を隠し撮りしたときのもの。リュックを背負い、ノートと鉛筆を手にした男児が数名写り込んでいる。
毎年、蝉が泣き始める頃、近隣の小学校から校外学習の子どもたちが人工林にやってくる。
ノートと鉛筆、リュックを背負ったキッズがわらわらと集まる様子はどことなく平和を感じさせる。案外嫌いじゃない。
持ち上げていた写真を下ろし、今度は聖の写真を取り上げる。
「これも?」
「うん。たぶん、一番ヤバい」
「オカ研の分野でしょ……」
眺めた写真はとくに変わったところもなく、田舎の夏らしい爽やかな一幕を写していた。
「黒いキャップ被ってる男の子」
聖に言われた通りの子を、写真の中から探し出す。帽子を被った子は数名いたが、該当する黒いキャップはひとつだけ。すぐに見つかった。
「真剣な顔してるけど」
「左肩」
「………うわ!」
思わず、写真を机の上に放り投げた。
六枚の写真に重なるようにして落ちた、聖の写真。一度気づいてしまったら、遠目でも目につくようになった。
え、合成じゃないんだよね?
「オカ研の分野どころか、マジで祈祷師の分野でしょ!」
「………だよねぇ」
黒いキャップを被った少年の肩に、白い人間の手がのっていた。
「心霊写真?」
「うん。後輩たちが騒いでてね」
蝉が本格的に鳴き始めた初夏。聖が夏らしい話題を持ってきた。
どうやら聖の所属しているサークル内で、何枚か似たような心霊写真が見つかったらしい。
大学内にある人工林で写真を撮ると、白い幽霊の影が写るのだと言う。
「信じてなかったんだけど、私も林で撮ってるし……まさかと思って確認してみたらね」
「幽霊が写り込んでました、と?」
「う、うん」
自慢じゃないが、私にはこれっぽちも霊感などない。
よく出来たホラー映画は怖いし、夜道にぼんやり浮かび上がるお地蔵さんも怖い。特番の心霊番組も怖い。
けれど、幽霊を見てしまったことも、不思議体験をしたこともない。
常識的な範囲内で怖がっているだけで、一人寝ができないほど怯えたこともなかった。
子どものときの話は別。大人になってからの話だ。
「ん?でも、去年のやつには写ってなかったよね?」
「そうなんだよねぇ。私のも、後輩ちゃんたちのも、去年の写真には写ってなかった」
昨年の初夏も、聖は人工林に集う小学生の写真を撮っていた。
あの頃の私たちは微妙な距離感だったなぁ、と考えると、懐かしいような、気まずいような、なんとも言えない気持ちが込み上げてくる。
大学生活最後の夏に、随分と『楽しい』ネタが降って来たものだ。
「オカ研に相談するって案も出たらしいんだけど、なんかうちの後輩たちが前にオカ研のひとと揉めたらしくて……」
「私、幽霊も見えなければお祓いもできないよ?」
「あー、うん、そうだよね、そうなんだけどね。正直、ひとりで抱え込むには怖いものが撮れてしまいまして」
以前、私の部屋でホラー映画を見た時なんかは、ふたりでお腹を抱えて笑った。
映画の出来がよろしくなかったのもあるが、私も聖も、そこまで心霊現象に怯えるたちではなかったのだ。
怖いものは怖いけれど、心の底では信じていない。そんな程度。
だから、明らかに恐怖を浮かべる聖というのは、なかなかに新鮮であった。
「私もその写真、見ても良い?」
「むしろお願いします」
「対策は見てから考えると言うことで」
瑞ちゃん!と飛びついてきた聖を受け止めて、どこか他人事に「心霊写真かぁ。ちょっと楽しみ」なんて考えていた。
だからまさか不思議体験の経験者になるなんて、このときは微塵も考えていなかったのである。
七枚の写真を並べて、スマートフォンで検索しながら特徴をまとめる。
ちなみに、聖の写真は怖すぎるので裏返しにしてある。だって、明らかに他の六枚と比べてヤバいもの。
手だよ、手。白いモヤモヤがちょっと手に見えないこともないような……なんてものじゃない。まさに、手。まんま、手。
「この白いの、オーブって言うらしい」
「タマシイ的な?」
「的な」
杉の木を纏うように写り込む白いオーブ。どの写真もひとつだけということはなく、複数の白い塊がふよふよと浮いている。
もしこれが本当に霊的な存在なのだとしたら、あの林には夥しいほどの幽霊が漂っていることになる。
「いっぱいいるってこと……?」
「心霊スポットになってる可能性があるって」
「うへぇ……」
分かりやすく嫌な顔を作りながら、紙パックのいちごミルクをストローから吸い上げた。
この地域でのみ売られている低温殺菌牛乳を使用したものだ。他にもコーヒー牛乳やバナナミルクもある。
心霊写真の調査を行います!と後輩に豪語したら、お供物のように献上されたらしい。
適当にとりあげた写真のオーブを数えてみる。いち、に、さん、よん……いや、多くない?ろく、かな。なな、かな?
「なんか、人がいっぱい亡くなった土地とかで発生するらしい」
「え……うちの大学ってそんな曰く付きの場所だっけ……?」
「聞いたことないけど」
心霊写真が撮れてしまったときの対策をまとめたサイトを流し見ながら、それらしいものだけをピックアップしていく。
清め塩とか、清め砂とか。写真のお焚き上げとか。
「あ」
「え、なに!?なにかあった!?怖い怖い!」
「心霊写真って写ってる人が憑かれてる場合と、撮った人が憑かれてる場合があるんだって。聖、憑かれてるかもね」
いちごミルクの可愛いパックを両手で握りしめて、聖の動きがフリーズした。
「え、え?私憑かれてる?あ、疲れてるのカナー……就活とか、忙しいシ?」
「内定もらってるでしょ」
幽霊らしきものに手を置かれているのは黒い帽子の少年だが、それを撮ったのは聖だ。
しかも、そこまではっきりと人の形はしていないが、写真サークルのメンバーは何人もオーブらしきものを写してしまっている。
清め塩やお焚き上げも大事かもしれないけれど、ここは原因ごと叩いた方が良いのではなかろうか。
ほら、あの人工林、なんか心霊スポットになってるっぽいし。人工林ごとお祓いしたほうがいいよ。
「聖、ゴーストバスターってわけじゃないけど」
「うぇぇぇ」
「原因を探ろうか」
一学生の手に負える案件であることを願いつつ、ちょっとした冒険の予感にワクワクして聖に微笑みかけた。
「だって、嫌でしょ?このまま取り憑かれたままっていうのも」
「まだ悪霊って決まったわけじゃないもぉぉぉぉん!!」
サークル棟、地下の一室に聖の嘆きが響く。扉を閉めていなければ、何事かと人がやって来たかもしれない。
聖の絶叫に呼応するように、麻紐にぶら下げられたモノクロ写真が、さらさらと風に靡いた。
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