第59話 心霊写真と恋の噺3
「たのもー」
「挨拶ちがうと思うよ、瑞ちゃん」
白い扉をコンコンと叩き、返事を待たずに開ける。
開けた先が魔境であることは重々承知で来たので、それなりの覚悟もできている。心を強く持て!と気合を入れて、足を一歩踏み入れた。
「…………え、誰すか」
最初の感想は、暗い、である。
サークル棟の地下にある写真サークルに割り当てられた部屋より暗いのは何故なのか。
理由、真昼間に関わらず黒い遮光カーテンを閉め切り、電気をつけていないから。なぜキャンプで使うようなランタンで灯をとっているのか。
「…………いや、だから……え、なにか用すか」
感想その二は、メガネ率が高い、だろうか。
部屋の中にいるのは男五人。全員メガネ。百パーセントメガネ。
わ、しかも全員チェックのシャツを着ている。なんだこれ、オタクのコスプレか?
「えっとぉ……オカルト研究会のみなさん、でしょうか」
「あ、はい。え、あ、はい。ソウ、デスケド」
「不躾にすみません」
図書室で軽く調べ、スマートフォンで検索し、晃太郎や謙太郎、聖の友人に聞き、それでも分からなかったので、オカ研に遊びに来た。
これで何かしらのヒントが得られたら良いが、行き詰まったら寺へ直行の予定だ。
オタクのコスプレをしたオカルトオタクの皆さんが、明らかにビビりながら私たちを見ている。
「…………ぁ、鷹条のツートップ!」
おい、聖、笑うんじゃない。
誰が言い始めたのかも知らないその称号は、こんなところにまで広まっているらしい。
それなりに努力して維持している外見を褒められるのは嬉しいので、称号自体は問題ない。
問題はツートップのもうひとりである。
実はツートップのもうひとりが誰なのか、三年の秋まで知らなかった。むしろ、交友関係の狭さゆえ、そんな称号で呼ばれていることも忘れていた。
もうひとりは別の学部生で、同い年の女子生徒だった。一年生の頃から学祭のミスコンでトップに立ち続け、今年の優勝も間違いなしと言われている。らしい。知らんけど。
アナウンサー志望だの、二股三股し放題だの、色々と噂が絶えない女だが、正直ミスコンの開催すら知らなかった私にとって、まったく興味のない人物である。
ただ、ひとつ言わせてもらいたい。
あの女は、そこまで美人でもないし、可愛くもない。
うちの聖のほうが圧倒的に可愛い。
「えーと、あの、何用でしょうか」
だんまりを決め込んだ私と、ビビっているオカ研の面々。その双方の間で、聖がオロオロしている。
「お聞きしたいことがあるんですけど……」
「あ、はい。俺らで分かることならなんなりと」
「うちの大学の人工林について、なにか知りませんか」
はて?という顔で、オカルトオタクたちが首を傾けた。
「人工林で、その、なにかオカルト的なこと……ないかなぁ、と」
心霊写真については話題に出さないと、事前にふたりで決めていた。
興味を持たれて一緒に動くことになったら、非常に、ものすごく、かなり、面倒なことになりそうだったので。
「ふむ、UMAについてですかな?うちのツチノコも人工林で発見しましてな!ただ、部外者に開示できる情報はここまで!と決めておるのですよ!はっはっはっ!」
え、なにこいつ、こわ。
わざとらしくメガネをくいっとあげた男が、なぜか自慢げな顔で喋り始めた。口調も動きもツッコミどころ満載なのだが、オカ研の面々は慣れているのか誰もつっこまない。
「いえ、ツチノコは興味ないです」
たまにある、聖のこういうバッサリ切るところ、結構好きだよ。
ナンパ男の対応もアッサリ、バッサリ行くのだ。見ているとスッキリする。
「心霊的な方で、なにかありませんか」
「ふむ。情報提供ですかな?」
「ちがいます。けど、なにか知っていたら聞こうと思っただけですので。ないようでしたらお暇します」
帰ろう、瑞ちゃん。と聖が振り返った途端、オカルトオタクたちがワタワタと慌て始めた。
あ、こいつらアレだ、女に耐性がゼロだ。
「待た!待たれよ女人!」
女人。
二十年以上生きてきて、女人と呼ばれたのは初めてのことだった。いや、嬉しくもなんともないけど。
女人って。
「今ここに心霊担当がいないものでな!ちょ、ちょっと待たれよ!すぐに聞くので!」
「あ、あ、お茶!お茶でもいかがですか!そそそそ粗茶ですが!あ、こーひ、はない!えと、オレンジジュースもああああああります!」
落ち着け。
バタバタ準備を始めた男たちに誘導されるまま、パイプ椅子に腰掛けた。紙コップに移したペットボトルのお茶を渡されたので、とりあえず一口飲む。
「あ、も、もしもし!?いまどこいる!?あの、いまね、めっちゃ可愛い子たち来てて!そう!あ、まじ!?はやく戻ってきて!」
待たれよ女人!とか言っていたくせに、電話のときは普通に喋るらしい。面白すぎる、オカルトオタク。
どうにも会話が続けられないらしい男どもと、バッサバッサ切り捨てる聖。ニヤニヤしそうな口元を抑えながら五分ほど待つと、扉が勢いよくバーン!とあいた。
「女子の勧誘成功したってホント!?」
飛び込んできた男を見て、さらに驚いた。
またメガネチェックかよ。制服かよ、ソレ。
「あ、いや、勧誘ではないのだがな!あ、その、ご婦人方は心霊現象にご興味があるらしく!」
「いや、ご婦人方て」
おっと、思わず口からつるりと漏れてしまった。
女人に続きご婦人。どんな生活をしていたらそんな語彙が簡単に出てくるものやら。
ワタワタと一向に落ち着かないオカルトオタクを眺めながら、とっとと寺に連絡したほうが良かったなぁ、なんて考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます