第41話
成人式後の同窓会に、私は参加しなかった。
小中の同級生から電話が来たのだが、正直名前すら覚えていなかったのである。
冬季休暇を実家でだらだら過ごしていたら、「瑞、お友達から電話」と母から受話器を渡された。
誰?と声に出さなかっただけ褒めて欲しい。
ハジメちゃん久しぶり、元気にしてた?なんて言われたところで、名乗られもしていないのだ。「はぁ」としか返しようがない。
まぁ、名前を言われても分からなかったのだけど。
私は母から譲り受けた振袖を着て成人式に参列し、同窓会には顔を出さずに帰宅した。
成人式は特に楽しいこともなく退屈で、顔も朧げな元同級生たちからの挨拶をただ受け流すだけで終了することになった。
印象に残っていることといえば両親の「瑞ちゃんカワイイー!」コールだろうか。
この振袖は母が成人する際に母の父、ようは私の祖父から贈られたもので、職人の手染めが美しい一品ものである。
昔、母がこれを着た写真をみせてもらって以来、私も成人式でぜったいにこれを着るのだと決めていた。
母は私とふたばに着せ、さらには私たちの子どもにも着せるのだと意気込んでいる。
「ハジメ。あたしの結婚式もそれ着てね。お母さん喜ぶから」
むすっとしながらそう言ったのはふたばで、和解をしてから姉はなぜかツンデレ方面に突き進んでいる。
ドヤ顔をしている私と、抱き寄せられたふたば、はじめてのツーショットは父のスマートフォンの待ち受けになった。
せっかく成人したのだし礼でも言っておこうと思い、「愛想のない娘を愛してくれてありがと」伝えたら号泣されて、ちょっとだけ鬱陶しかったのも良い思い出だろう。
「と、まぁ、こんな感じ」
「………瑞ちゃん、お姉さんの結婚式に私も呼んでください」
「え、なんで」
私の顔面を激写しながら、聖が真剣な面持ちで声を出した。
「ナマの、瑞ちゃんの、振袖を、見ないと、死ねない」
「区切って言わないで、笑うから」
「後生だから!お願い!見たい見たい!瑞ちゃんのナマ振袖が見たい!」
冗談なのか本気なのか判断がつかなくて困る。
私の身内になれば参列できるんじゃない?と言ったらまたフリーズしそうなので黙るけど。
私たちは今日も、ふたりで昼食を食べている。大学二年のラストスパートが始まった。
○●○●○●○
「まだ付き合ってないの!?」
煙草の煙をプカプカと漂わせながら、マスターが素っ頓狂な声を上げた。手元にはいつもの紙巻き煙草と、黒い加熱式煙草。
あれだけマズいマズいと嫌っていたのにどういう心境の変化かと思いきや、いま懇意にしている女が嫌煙家なのだそうだ。
相手が嫌煙家だからといって禁煙するわけでなく、煙を減らすに留めるあたりがマスターらしい。
「もう一月だよ!?ヘタレすぎるだろ、あの子」
「まぁ、それはたしかに」
「ハジメは押せば落ちると思うけどなー」
落とせなかったマスターが何を言うか!
押せ押せ、というわけでもないが、まるっきり気持ちを隠そうとするわけでもない。ヘタレはヘタレだが、関係性の距離を詰めてきたのは、もともとは聖だ。
そもそも私は、聖の勇気を一度へし折っている。聖をヘタレだと詰る資格がなくなってしまった。
「わからないんですよ。考えても。どうしたいのか」
「ハジメはかわいいなぁー。迷子の子猫ちゃんみたいで」
「うわ、マスターが子猫ちゃんとかいうとシャレにならないんでやめてください」
うはは!と笑って煙草を揉み消した。また新しいものに火をつける。歯は真っ白でも、肺はきっと真っ黒。いったい一日に何本吸うのだろうか。
年末年始はバイトをことごとく休んだので、成人式を終えてからは積極的にシフトを入れている。
普段は寂れたストゥルティであるが、年末と年始はそれなりに混むのだ。
忘年会や新年会の二次会、三次会にちょうど良いのだろう。この辺りで深夜営業の飲み屋は少ないから。
「野生で生きてきた子猫ちゃんが人の温もりを知って、どうしたら良いか戸惑ってる感じ」
「やっぱり私は猫なんですね」
「顔はタチだけどね。うはははは!」
太刀……え、そんな鋭利な顔してるかな……そう聞いたら、また爆笑された。解せない、自分で言ったくせに。
「試しに付き合ってみたら良いじゃん。案外大したことないかもよ?」
「いや、それは聖に失礼でしょ……」
「んふ、ふ、あはははは!本当にハジメはかわいいなー!たまんない!」
マスターは失礼だ。私はなにも面白いことなんて言っていない。
「ムッとしてる!あはははは!」
本当に失礼。
「変わったねぇ」
「姉にも言われました、ソレ」
「お姉さんいるの!?ハジメなのに!?」
『次女なのにハジメ』はもはや私の鉄板ネタになっている。
見たい見たいと言うのでツーショット写真を見せたら、なんだか微妙な顔をしていた。これでもちょっとは痩せたと思うのだけど。
「ハジメさぁ」
「ん、はい」
「元カレと付き合ったとき、どうやって付き合い始めたの?」
マスターはまだニヤニヤしている。この人と話していると相談なのか、からかわれているのか、よく分からなくなる。
なにより、飄々として、そのくせ視線は真っ直ぐで、"この人なら否定しない"なんて思わせるのだ。そういうところに、みんな夢中になるのだろう。
あぁ、ダウナー系モテ女、今日も怖い。
「どうって……付き合おうって言われて……」
「へぇ、で?ハジメもそのカレが好きだったから付き合った、と?」
「あー……いや、今思ってみると、別に好きではなかったなって……」
あぁ、怖い。たまにこの人、覗かれたくないようなところまでズカズカと入り込んでくる。
形の良い唇が、ニッと角度を上げた。
「なんで、そのカレと付き合おうと思ったの?」
「………べつに、良いかな、って」
「試しに付き合ってみた?」
あー、もう、めちゃくちゃ悪い顔をしてる!こんなの誘導尋問だ!反則だ!
前もそうやって付き合い始めたのだから、今さら迷うことはない、とそう言いたいわけだ。試しに、なんて思ったら聖に失礼だと言うのなら、あの彼にだって、私は失礼を働いたことになる。
まぁ、だからフラれたんですけど。
「あの頃と今じゃ違うもん……」
「く、あは、あははははは!はぁー、雇った甲斐あるわー」
自分でも衝撃的なくらい拗ねた声が出た。年末から、否、クリスマスからずっと、感情機関のどこかが壊れている。
目を細めて、悔しいなぁとマスターが呟いた。
「そんなに私と聖をくっつけたいんですか、マスター」
「うん。そんで破局したら傷心してるところを狙ってハジメを落とす。ドロドロに溶かして骨の髄までしゃぶりつくす計画」
「こわッ!今すぐ中止してくださいその計画!」
ケラケラと笑うマスターから煙草の煙が漂ってきて、煙がほんのりと目に染みた、
マスターも聖も、冗談なのか本気なのか判断がつかないから。
これ以上私を悩ませないで欲しい。
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