第40話 シャングリラに行くときは3
餃子と白米、黄金に等しき価値あるものなり。
「あっふ……」
「肉汁で舌やけどしそう」
「瑞ちゃんが肉汁っていうと何故かエロく聞こえる不思議」
私の言葉にすかさず、に、く、じ、る、とセクシーに言ってくれた。肉汁コールいただきましたー!エロ可愛いー!
「瑞ちゃん、神様となにお話してたの?」
「そんな巫女みたいなことしてないけど」
「は?巫女衣装の瑞ちゃん超見たいんですけど、ヤバ」
ぜったい似合う。けど、そんな格好させたら神様に見初められて連れて行かれそうだから絶対させない。
「おかげさまでふたばとの長ーい姉妹喧嘩が終わりました、とか。ふたばとサツキさん、あ、ふたばの彼氏ね。ふたりが結婚できますように、とか。悲しい思いした叶に新しい出会いがありますように、とか。合コン合コンうるさい晃太郎が静かになりますように、とか。女泣かせの謙太郎にバチがあたりますように、とか」
「後半二人を除いてお願い事がソーキュート」
餃子を食べて、ごくんと飲み込む。喉の動きに目が離せない。あー、そこにキスマーク残したい。
神様にはお願い事じゃなくてお礼をする、と瑞ちゃんが言ったくせに、九割はお願い事だったらしい。可愛いかよ。
「あと、聖に出会わせてくれてありがとーございますって」
「ンッ!」
「ちょっと、餃子がダイレクトアタックは流石に詰まって死ぬから!」
いや、いまのはぜったいわざとだ!私の反応を面白がってそういうこ、と、を……え。
な、ちょ、え、まっ……なんか、なんかすごい優しい顔をしている!え、あ、美……!かわ、え、好き……!
「聖!?フリーズしないで!?」
「危うくぽっくり逝くところだった……」
「諸々意味不明だから落ち着いて」
初めのうちは、からかわれているだけだった。
千枝梨たちに気持ち悪いと罵られる動きを面白がって、私のことをつついて遊んでいるだけだって。でも、そうやってお腹を抱えて笑っている姿は、晃太郎くんたちと一緒の時には見せない。
一回、二回ご飯に行けたら満足しようと思っていたのに、それに気づいたらもうダメだった。弾けるように笑う姿をもっと見たい。
瑞ちゃんの空白に触れたい。
だけど、これ以上は近づけさせてくれない。瑞ちゃんは、私の気持ちに気づいている。だけど、私が踏み込もうとすると、彼女のほうからすっと引いてしまうから。
あの日、クリスマスの日、言おうとした。貴女が好きですって。貴女に恋をしていますって。貴女の恋人になりたいですって。
でも、言わせてはくれなかった。
もしかしたら、なんて思った私が馬鹿だったのだ。晃太郎くんたちには見せない顔で笑ってくれるから、もしかしたら、なんて。
そんな高望み、私がしてはいけなかった。
「クリスマスの日さ」
「んぐふッ!」
「今日の聖、二割増でおかしいけど大丈夫?」
こ、こ、心読まれてないよね!?美しさが人外じみてるとは何度も思うけれど、まさか読心の心得があったりしないよね!?
「メリークリスマスじゃなくて、ハッピーバースデーにしなきゃいけなかったと思って。忘れててごめんね」
「…………………え?」
「あれ、違った?クリスマス生まれの聖なる聖ちゃんでしょ?」
違わない。違わないけれど、なんで。
「なんで覚えてるの……」
「ダメだった?」
「ダメじゃない……」
誕生日おめでと。そういって、小袋を差し出した。オレンジ色のラッピング、ハッピーバースデーのシールが貼ってある。
「いらない?」
「いる!いる!いる!ありがとう頂きますありがとうありがとう!ありがとうございます!」
「感謝の大安売り」
受け取った包に、そこまでの重さはない。
開けて良いかと問えば、綺麗な微笑みが返ってきた。
よく知りもしない人に褒められたときも、瑞ちゃんは綺麗に微笑んで礼を言う。謙遜もしなければ、蔑ろにもしない。けれど、その実たぶんちょっとばかし面倒に思っていて、微笑むことで適当にやり過ごしているのだ。
あの顔をしているとき、瑞ちゃんも人間なんだなぁと思えて、私は結構好き。面倒くささが滲んでいる。
その微笑みとは違うもの。きっと、包みをあけた私がどんな反応をするのかって、そんなことを考えている。
リボンを解く手が震えた。
「あ、これ……」
ストラップだ。大口径レンズ用の、ネックストラップ。
カメラ女子という人種が持て囃されるようになった昨今、ネックストラップやカメラバッグにも可愛いものが増えてきた。
しかし、レンズや機材が本格的なものになり、重たくなるほど、可愛さは削られていく。
オレンジ色の袋から出てきたネックストラップはペンギン柄の可愛いものだ。たしかドイツのメーカーで、品質良し、デザイン良し、ただし値段はバカ高いもの。
ぽろっと言った覚えがあったっけ。ここのメーカーのネックストラップが欲しいけれど、高いから自分で買うのは気がひけるって。瑞ちゃんのそういうところ、本当にタチが悪い。
にっと笑った瑞ちゃんが、鞄につけたペンギンのキーホルダーをつまみ上げた。
「ペンギン、好きでしょ?」
「す、す、す、すきぃぃ……」
貴女が。
瑞ちゃんが。
たまらなく。
「好き」
「ふふ、良かった」
内臓がぐちゃぐちゃになりそう。
瑞ちゃんが可愛くて、瑞ちゃんが遠くて、受け入れたと思ったら遠ざけて、でもふらりと戻ってくる。
好きで、好きで、好きで、思わせぶりなことばかりして、手を伸ばしても掴んでくれないのに、自分から手を差し出してくる瑞ちゃんが、たまらなく。
いっそ手をはたき落としてしまいたいと思ったこともある。そんなことはできないのだけど。
思わせぶりなことしないで。うそ、もっとして。近くにいるだけでいい、このままでいい。うそ、もっとそばにいたい、触れたい。
欲しい。
壊れそうだ、私。
「こいつね、ドン・ホセって名前にした」
薔薇を咥えたペンギンを揺らしながら、瑞ちゃんが言う。
「え、カルメン?」
「そう。薔薇を咥えて踊ってる」
「地下の酒場のカルメン?」
うん、と楽しそうに頷いた。いや、伝わらないよ!
瑞ちゃんは時々、本当に現代っ子か疑わしくなる。
「地下の酒場で踊ってるのカルメンじゃないの?」
「でもこいつ、ドン・ホセって顔してない?」
「カルメン、まともに読んだことないからわからない……」
いつぞや『ローマの休日ごっこしよう』と言われたときも、私はその場で彼女が何を言っているのか理解できていなかった。
ネット配信されている映画を見て、ようやく意味がわかったのだ。
ロマンチックなふたりに例えられたことが嬉しかったけれど、けして結ばれないふたりに心臓がじくじくした。
「スタッガーリーにしようと思ったんだけど、悪い奴じゃん?あいつ」
「まってスタッガーリーだれ」
「スタッガーリーは言うのさー、今夜港で決着をー、のスタッガーリー」
歌うまいな!いや、分かるかい!
「聖のその子にも名前つけよう」
「カルメン?」
「カルメンはカメラ持ってない」
いや、ムッとしないで、可愛いから。カメラ持ってるカルメンさんだっているかもしれないのに!
瑞ちゃんがクリスマスプレゼントと称してくれたイワトビペンギンのキーホルダー。カメラを構えている姿が可愛い。
「瑞ちゃんがきめて」
「ん、名付け親か……私センスないって言われてるけど」
「そうなの?」
瑞ちゃんがつけたという猫の名前を聞いて、思わずむせるくらい大笑いした。前山田源十郎と次郎丸君江、最後がハナコ。なんで最後だけハナコなの。
「決めた!」
「ハナコ?」
「それはうちの猫」
イワトビペンギンを指差して、瑞ちゃんがドヤ顔で言った。
「ジョー・ブラッドレー」
「誰」
「新聞記者」
当然、みたいな顔されても困る。
だけど、ジョー・ブラッドレー、どこかで聞いた覚えがある。
「ローマの休日」
「あぁ!新聞記者!」
「そ、新聞記者」
私の指でぷらぷら揺れるジョー・ブラッドレー。君の名前、ジョーだってさ。
「瑞ちゃん、二匹とも彼女が不在だけど」
「大丈夫、ドン・ホセはカルメンを殺しちゃうし、ジョーとアン王女も結ばれないから」
「全然大丈夫じゃない!?」
カルメン読もうかな、と言ったら、オペラのほうがオススメだと教えてくれた。ドン・ホセがヤバいから、だそう。
退屈の影を潜めた、私の可愛いお姫さま。
「ねぇ、瑞ちゃん」
「ん?」
貴女は明日もシャングリラを探すのだろう。だから私は、今日も貴女の空白に手を伸ばす。その隙間を温める。
「また今度、違う水族館に行こう。そこで別のペンギン買って、カルメンとアンって名前つけよう」
空白が、隙間が、瑞ちゃんの端正なかんばせがほころんだ。
誕生日プレゼントありがとう。大事にする。
だけどね、瑞ちゃん。思わせぶりなことばかりしてくるけれど、こういうときに貴女は気がつかない。
誕生日の朝、目覚めたときに貴女がいる。そんなプレゼントが欲しくて、あの二日間を予約したの。
私、とっくに誕生日プレゼント貰っていたんだよ。
忍び寄る退屈は私が追い払うから。だからどうか。
だからどうか、お願い。
シャングリラに行くときは、私も連れてって。
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