第35話
「イイイイヤァァアアア!速い速い!キャアアアアア!」
「あはははは!叶、ジェットコースター乗ってるみたい!あははははは!」
聖が助走までつけて全力で押したせいか、叶の乗ったソリが無情な勢いで滑り落ちていく。それを見たキッズたちが、羨ましそうにキャッキャと沸いた。
「さぁ!瑞ちゃんもいくよ!」
「やめてやめて!私はいいから!やめ、うわ、うわ!わぁぁあああああ!」
私の悲鳴が、白い雪山に響き渡った。全部雪のせいだ……
昨日、温泉施設で遊び倒した私たちは宿泊所に戻っても三人で共にいた。
大広間のメンツは大半がべろんべろんになっていて、そこに混ざるには勢いもノリも足りなかったのだ。
ジャグジーやサウナで遊んだり、休憩所の畳で三人揃ってうとうとしたり、温泉施設を健全に遊び倒して、なんと二時間半。
それだけあれば、酒の席もディープになるというもの。
酒とつまみをいくらか頂戴して、私たちは自室でのんびりおしゃべりしていた。
そこまで飲んだわけではないものの、温泉に入って疲れたのか、気づいたら三人とも敷きっぱなしの布団に雑魚寝。朝になっていた。
スノボガチ組、と呼ばれる者たちは早朝からスキー場に向かったらしく、宿泊所には二日酔い組と私たちのような単純に朝寝坊組が取り残されていたわけだ。
ガチ組に分類される墓場太郎はもちろんいない。
「わーい!ソリたのしー!」
通常の速度でのんびり降りてきた聖が、無駄に爽やかな笑顔で親指を立てる。
「あたしは……あたしは!ショウさんを許さない!」
「どべしっ!」
演劇チックに恨めしい声を上げた叶が、聖の顔面に雪玉をぶん投げた。クリーンヒット。ナイスコントロール。
「よくもやってくれたな、小娘!くらえ」
身をかがめ、聖の雪玉を軽く避ける叶。
「ふん、ノーコンめ!」
いや、叶が避けなければ顔面にヒットしていたよ、いまの球。
「お前だけは許さない!あたしを辱めた罪!」
「んぎゃ!」
ふたたび聖の顔面にヒット。わざとくらっているのではと思うほど、避けるのが下手すぎる。
「つべたい……」
「ふははは!反省しろ!カナチャントルネード!」
「んぶっ!」
顔面で受けまくる聖とカナチャントルネードに笑いつつ、私も雪玉をぶん投げる。
「つめた!ちょ、ハジメさん!」
「ぬははは!瑞ちゃんは私の味方ぬぶッ!」
「あはははは!あぶっ、つめた!」
叶に雪玉を投げ、聖から投げられ、投げ返して、また投げられる。頭の悪い雪合戦が始まった。
気づいたらソリ遊びをしていたキッズたちも参戦して、ソリ組のサークルメンバーも参戦して、大小入り混じる大合戦となっていた。
おねーさんたち、遊んでくれてありがとー!の合唱は、たぶんこの冬一番の思い出になるだろう。
「はぁー、楽しかった。うわ、あったか!」
「わー、帽子めっちゃ濡れてる!」
「ちょ、ショウさん!手袋落としてるから!」
スキー場の麓にあるレストランに入ると、すでに何人かのサークルメンバーが休憩していた。
木の床に靴から落ちた雪が点々と散らばっている。雪を落としてから入れ、という掲示がしてあっても、完璧に落とすのは無理があるのだろう。私たちの靴にも、いくらか白い雪が残っていた。
「ハジメー!カナちゃーん!ショウさーん!」
「晃太、声がでかい」
「おう、お疲れ」
食券を買って、メンバーの集まる席に向かう。昼時らしく、店内は混み合っていた。
「お前ら雪合戦してたろ。ちょー楽しそうだった」
「晃太も参加すれば良かったのに」
「散々コケまくって体力残ってねーから」
六人テーブルに晃太郎と謙太郎がふたり。おそらく、私たちが同席することを見越して開けられた空間だろう。
叶が謙太郎の隣に、晃太郎と聖に私が挟まれる形で座る。
店員に食券を渡して、お冷を一口飲んだ。なんで氷まで入ってるかな。雪山なんだから、暖かいお茶を出してほしい。
「ハジメ、なに頼んだの?」
「カツカレー」
「ガッツリいくな」
そう言った謙太郎の手元に残る半券もカツカレーだった。だってオススメって書いてあったし。
晃太郎は親子丼とうどんのセット、聖はきつねうどん、叶はほうれんそうカレー。
続々と運ばれてくる料理はいたって普通の見た目で、味も普通。
「叶、サラダあげる」
「わーい。ハジメさん、福神漬けいる?」
「いらない」
シーザーサラダのコーンだけ食べ尽くしたサラダを叶に渡す。福神漬けはいらない。
私たちのやりとりを見て、太郎たちが馬鹿みたいな顔をしていた。昨日で仲良くなったんだよ、見るな。
「え、お前らそんな仲良かった……?」
「昨日と今日で飼い慣らした」
「あたしは野生の犬か!」
カレーまみれになったカツを晃太郎の親子丼に乗せ、聖のうどんからかまぼこを勝手に食べる。うわ、かまぼこうま!
「ねぇ、ハジメさん、コーンだけないんだけど」
「コーンだけ食べた」
「ガキか!」
味覚ガキですよーだ。
「だってコーン美味しいじゃん」
「見た目と味覚のギャップが恐ろしいんだけど……」
「瑞ちゃんの味覚かわいいよね」
味覚がかわいいとは。
カレー美味しいけどご飯の量が多い。全部食べたら気持ち悪くなりそう。
「聖」
「半分食べる」
うどんを啜りつつ、レンゲでカレーも食べる。聖だって、見た目と食べる量にギャップがあると思うのだけれど。
「ハジメさんたち、今日も温泉いく?」
「いくー」
「は?お前ら温泉行ったの!?」
謙太郎に向かって、ご飯粒が発射された。ゴンっと鈍い音が聞こえたのは、謙太郎が晃太郎の脛を蹴飛ばした音だろう。
「岩盤浴もあったんだって」
「マジ?いこ」
「ねぇ!なんで無視すんの!?」
またご飯粒が飛んだ。
「おい晃太郎いい加減にしろ殺すぞ」
「すまんって」
「次飛ばしたら顎砕く」
叶と謙太郎のあいだに会話はない。当たり前のように隣に座ったけれど、なんとなく出来てしまったふたりの溝は明らかで、それは私がどうこうするような問題ではない。
「謙太たち、食べたらまた滑りにいくの?」
「行く。先輩たちが上級コースにいるらしいから、俺らも合流する」
「ハジメもやろうぜ」
ぜったい嫌だ。
薄々バレつつあるが、私は運動そのものが苦手なのだ。スノーボードなんて挑戦した日には骨を折る自信がある。
「まだ聖とソリの二人乗りしてないし」
「んぐっ、げほ!」
「ちょ、ショウさん!?水、水!」
叶から渡された水を飲んでもまだ咽せている。自分から言い出したことで動揺する聖が可笑しくて思わず笑った。
「瑞ちゃんのせいでネギが気道にダイレクトアタックしてきたんですけど」
「それ、私じゃなくてネギが悪いから」
背中をさすってやったら、今度は発作を起こした。同じ布団で寝る仲なのに、なんでこのくらいで挙動不審になるかな。
「やば、ショウさんくそ面白くね?」
「聖は面白いよ」
「ハジメの盗撮魔だしな」
謙太郎の一言で聖が死にそうになっている。私はそれを見て、ただ笑う。
不思議なくらい楽しい。昨年のスノボ合唱もそれなりに楽しかったけれど、今年は一段と楽しい。
明日の夕方には帰らなければいけない。そのあとは実家に帰省して、きっとつまらない数日間を過ごすことになるのだろう。
帰りたくないな、とふと思う。
東京でも聖に会えたら良いのに。人の多さに吐き気さえ覚えた原宿だって、迷子になりかけた池袋だって、街の臭いに耐えられなかった新宿だって、きっと聖がいたら楽しい。
私の残したカレーを食べている聖を眺めながら、初詣に誘って良いものか、私はそればかり考えていた。
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