第5話 回り始める歯車


「剛?いる?」

「ああ、ちょっと待っててくれ」


暁にインターホン越しに呼び出される。

今日は食堂も定休日であり、俺も暇だった。

用件は聞くまでもないし、言うまでもない。

暁が来たということは、遊ぼうというのとイコールだ。

玄関を開けて外に出ようとした時、ふと思い出した。

親父がいない以上、少し前なら無言で外に行っていたが、今はそういうわけにはいかない。


「幸~」

「行ってくるから」


一応幸に一声かける。

最初は慣れなかったが、今となっては幸がこの家にいるのも定着してきた。

そんな彼女からは、意外な言葉が帰ってきた。


「待って、剛」

「一緒に行ってもいい?」

「…それはどうして?」


純粋な興味のようなものが見える幸の瞳に対し、俺は服の袖を引っ張られているシチュエーションに軽く赤面していた。


「だって、今から前に話してた暁さんと遊びに行くんでしょ?」

「私、記憶喪失だからさ」

「剛以外に知り合いがいないけど…」

「やっぱり寂しいし」

「…わかった、ちょっと待っててくれ」


俺はとりあえずこの袖をつままれている状況から逃れるために、暁に説明しに行った。


「いいよ」

「おぉう、あっさり」

「悪い人じゃないんでしょ?」

「じゃあ、僕は構わないよ」

「人数は、多いに越したことはないからさ」

「だってさ、幸」

「いいの?ありがとう!」

「私は穂ノ原幸、よろしくね」

「うん、僕は春立暁だよ、こちらからもよろしくね」


二人は固く握手を交わす。


カチッ



…どこからか、時計の針の音が聞こえた気がした。



………………


コォン!


俺たちがテニスコートに差し掛かった辺りで、快音が鳴り響いた。

驚いてそちらに目を向けると、そこには見慣れた顔があった。


「お、剛に暁じゃねーか!」

「よっ、真介」


田島真介。

テニス部員の友人だ。

凄い努力家で、しかもその練習を一切無駄にしない非凡な才能を持っている、人間としてだいぶ理想的なやつだ。

その実力は全国でもベスト4に食い込めるレベルらしいのだが、悲しいことに真介の運が悪すぎるのだ。

具体的に言うと、試合前はほぼ絶対と言っていい程怪我をしている。

骨折や肉離れなどその種類は様々だが、ほぼほぼ怪我をしている。

まあ、本人はそれを


「怪我なんかするときゃするんだから仕方ないさ」


と言って片付けてしまうから、あまり気にしてる様子もなさそうだが…

それでも、触れないのは俺たちにとって暗黙の了解だ。


「っと、そこにいるのは?」


幸を指差して言う。


「私?」

「おう、私」

「私は穂ノ原幸、よろしくね」

「俺は田島真介だ、よろしくな」

「じゃあ、俺は練習もあるしこの辺で」

「だね」

「またな、真介」

「ああ、また」


こうして、テニスコートから遠ざかった俺たちは、昼食を済ませて帰ることにした。

その後は、普通に家で過ごして晩飯を食って、風呂に入って寝るだけ。

いつも通り、繰り返されてること。



















の、はずだった。




「幸、散歩してくるわ」


ガチッ


……歯車が、回るような音がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る