第3話 破壊者、穂ノ原幸


「とりあえずここ、客間だから使って」

「うん、ありがとう」


とりあえず、幸には客間を使ってもらうことにした。


「それじゃ、俺は店のこともあるし下にいるよ」

「あぁ、ちょっと」

「どうした?」

「お世話になるだけっていうのも悪いし、その…何か手伝えることってない?」


一階に降りようとした俺を呼び止めた幸は、手伝えることはないかと尋ねてきた。


「手伝えることか…」

「料理って出来る?」

「うーん…やったことあるかは分からないけど、感覚として覚えてるかもしれない」


そっか、そういえば幸は記憶喪失だった。

俺と同じく…いや、名前以外のことはほぼ覚えていないのだから俺より深刻だ。


「とりあえず、何かやってみてもいい?」

「まだ夜の開店までは時間あるし、だし巻き程度なら」

「OK、じゃあだし巻き作ってみるね」

「ああ」


そうして俺たちは厨房へと降りていった。


「作り方は…」

「なるほど…」


作り方の説明を終えて、幸は説明中に書いていたメモを見ながらだし巻きを作っている。

俺は近くの椅子でのんびりと完成を待っていた。

俺の元へ匂いが漂ってくる。

その匂いは実に美味そうで、俺の鼻腔と胃を強く刺激した。


「お待たせ、出来たよ」

「お、美味そう…」


出てきたのは、見た目だけで美味いと一目でわかるようなだし巻きだった。


「それじゃあ、召し上がれ!」

「いただきます」


一口かじる。


「!?!?!?!?!?」


その瞬間、俺の脳内に電流が走った。


「ごめんちょっと外行く!」

「すぐ戻ってくるから!」

「え?え?ちょっと…」


外に出た俺は、凄い勢いで咳き込んだ。


「ゴホッ!ゴホッ!ゴホォッ!!」

「ぜーっ…はーっ…」

「な、なんだよあれ…」


そう、幸の作っただし巻きは猛烈にその…

不味かった。

見た目は百点満点だった。

匂いも本当に美味そうだった。

なのに何故か、肝心の味が0点どころの騒ぎではなかった。

そのインパクトは驚異的の一言で、一撃で俺の口内を破壊した。

漫画などで、不味すぎて気絶する、悶絶するなどの描写がチマチマあるが、まさか本当にそんな目に遇うとは思ってもみなかった。

それどころか命の危機を感じる、それほどまでに壊滅的だった。


「と、とりあえず戻ろう…」



「あ、剛何かあったの?」

「いや、何もなかったよ」

「そう」


そのままそそくさと自室に退散しようとすると…


「あれ?だし巻き食べないの?」

「うん、ちょっと食欲なくて」

「ふーん…美味しかった?」


…これはどう回答したものか。

非常に返事に困る。

確かに幸のだし巻きは壊滅的な味だ。

けれど、これを正直に言ってもいいのだろうか?

いや、よくない。

流石にわざわざ作ってもらった料理を不味いと言うようなことはしない。

だから俺は…


「お、おう…美味かった…」

「本当?それじゃあ、また作って良い?」

「!?」

「良い…と思う…」

「ありがとう!」


あ、俺死んだわ。

ごめん親父。

親父が家に戻る前に、俺の命は燃え尽きそうだ。

俺の死が確定した、そんな一日だった。

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