4-3 二つの和解

 胸に火炎弾の直撃を受けた上京が吹っ飛んでいった。ごろごろと地面を転がって動かなくなる。

 僕は膝をついた。衝撃でポケットからスマートフォンが転がり出る。僕の勝利を告げながら。


「勝った……?」

 公園に沈黙が流れた。

 そんな時間が何分続いただろうか。何十分、かもしれない。僕は膝立ちのまま、全身の痛みを感じながら動けないでいた。体が全く言うことを聞かない。


「……あっつい」

 上京の漏らした声で意識が覚醒した。もしかしたら少し気絶していたかもしれない。


「まさかあんなところに……宝石を隠してたなんて……してやられたわ……」

「あぁー……」

 妙に素直に感心している彼女に「自分も予想外でした」と素直に言えず、僕は言葉を濁した。


 握ったままだった長針を見る。あの一撃でもう半分くらい消費してしまい、米粒よりも小さくなっている。

 姉さんが送ってくれた時計……まさか本物の宝石を装飾に使っていたとは。


 この時計を姉さんがくれたとき、既に両親はいなかった。姉さんにとっては一番大変な時期だっただろう。少ない稼ぎで弟を私立の高校に入れて……なのに僕は、魔術師になることしか考えてなくて。


「ごめんなさい」

「うん?」

「時計。それなりにいいものでしょう?」

「……だろうな」


 上京が地面に顔を突っ伏したまま、呆れたような息を漏らした。


「……姉さんから貰ったんだ。高校の入学祝いに。そんな高いものじゃないと思っていたけど、そうでもなかったんだな……」

「呆れた。審美眼ってものがないのね。まぁ、壊したのは私だから、直しておくわ」


「…………」

「……なに?」

 僕が返事をしないので、上京が顔だけをこちらへ向けて怪訝そうな視線を投げかけてきた。


「……急に毒気が抜けたというか。素直になったというか」

「……うるさい」

 上京が寝返りを打った。口調が不機嫌な子供のようなそれに戻る。


「……冷泉六花、使わなかったな」

「……好きじゃないの。なのに勝手に出てくる」

「そういうものだろ。自動型の礼装なんだから」


「別に、欲しいなんて言った覚えないし」

 彼女の不服そうな声はいやに子供っぽい。が、これまでと違って敵意のようなものは感じられなかった。


「っていうか、やっぱり本物か」

「偽物だと思ってたの?」

「自分の目の前にいきなり継承大魔術が現れたらな。偽物の可能性のほうが高いかもと」


「……それもそうね。逆の立場だったら私もそう思う」

「……なんで冷泉六花を?」


 僕は思い切ってぶつけてみた。また機嫌を損ねるかと思ったけど、上京はため息をつくだけだった。


「わかるでしょう……私が冷泉家の娘だからよ。苗字が違うのは、私が冷泉と関係していることを隠すため。そうすれば冷泉六花のありかがほかの魔術一門に露見しないで済む」


「わざわざ隠すのか」

「あなた、魔術一族の力関係には疎いでしょう?」

「まぁそうだな。いままで興味を持ったことはないし」


「……継承魔術はその一族が積み重ねてきた知識そのもの。破壊すればライバルの一族を大幅に弱体化させられる」

「そんなことするのか。手間をかけて」


「魔術は普通の学問とは違うの。閉鎖的で独善的なもの。広く公開して発展させるのではく、内側でこそこそと育てていくもの。そして魔術師というのは、自分が一番じゃないと気が済まない生き物みたい」

 私にはわからないけど、と上京は吐き捨てるように言った。


「僕にもわからないな。面倒なことにこだわるもんだ」

「冷泉六花は序列第六位の魔術。目の上のたんこぶだと思っている魔術一族は多いでしょうね。まっとうに自分の継承魔術を育てるだけでは絶対に追い抜けないから」


「……やっぱり面倒くさいな。魔術師って。魔術なんてただの技術なのに」

「魔術師になりたくなくなった?」

「いや。……少し幻滅はしたかも」

 上京が体を起こす。入れ替わるように僕は腰を落とした。ぐったりと地面へ座り込む。


「ところで、さっきの戦いだけど」

「なに?」

「いつからああやって私を攻撃しようと考えてたの? オパールの時間操作で過去の攻撃をもう一度繰り出すなんて、アドリブでできることじゃないと思うけど」


「最初からだよ。上京なら僕の切り札……午前零時のリセットを見抜くだろうと思っていた。一回見せているしね。だから切り札を見切ったと油断させて、もう一発攻撃を投げれば不意を突けると思ったんだ」


「私が冷泉六花を使って防いだらどうするつもりだったの?」

「それは……多分使わないだろうと思っていた。好んでないことはなんとなくわかったから。でも、使われたら素直に負けるしかないな。継承大魔術に勝つすべなんて思いつかないよ」


「ふふっ」

 上京が軽く笑った。初めて聞いた楽しげな声だった。

 彼女が立ち上がる。僕もふらつく足で立った。


「……誰かいるみたいよ?」

 彼女は首を横に向けて不思議そうな顔をした。

 公園の入り口に立ってこちらを見る二人の人影。ひとつは藤堂で、もうひとつは。


「姉さんだ」

「いたの? お姉さん」

 上京は姉をここに呼んだことより、僕に姉がいることのほうが驚きだとでも言わんばかりの口調だった。


「いちゃ悪いのか?」

「一人っ子だと思ってたわ。なんとなく」

「よく言われるんだよな。なぜか」

「……あなたと話したそうだけど」


「……ちょっと行ってくる」

「どうぞ」

 僕は上京に背を向け、姉さんの方へ歩き出した。姉さんも少しだけ躊躇うような足取りで僕の方へ来る。その後ろを藤堂が遠慮がちに追った。


 僕らの距離が詰まる。あと三歩のところまで。姉さんは背後の藤堂をちらりと見て口を開いた。


「……なんで、たまちゃんに私を呼びに行かせたの?」

「僕が呼んでも来なかっただろ? それに、藤堂も気に病んでいたから、協力してもらったほうが楽になるかと」


 姉さんが正面を向く。視線は僕より、僕の背後へ向かっているようだ。上京をじっと見つめる。


「あの子と戦っているところを私に見せて、どうしたかった? 余計心配させるって思わなかった?」

「思ったよ。でも、こんな方法しか考えつかなくて。……僕は辞める気はない」

「……でしょうね」


 姉さんがため息をつく。少し顔が疲れているけど、暗い雰囲気はなかった。


「勝ったのね」

「まぁね」

 後ろで上京が、何かを言いたそうに咳払いをした。それを見た藤堂がにやりと笑う。


 僕は姉さんに改めて相対した。


「姉さん。姉さんが心配するのもわかる。#SSs以外に方法があるならこんなことやってない。でも……僕にはこれしかないんだ。夢を叶える方法に選択肢がない」

「…………私にもっと力があったら、高人を危険な目にあわせずに済んだのかも」


「もしこの前の大怪我のことを言っているなら」

 不意に、上京が割り込んできた。意外に思って見ると、彼女は渋い顔をしている。


「それは……私が未熟だったせい。うまくいかないことがあって頭に血が上ったせい。だから、石見の……石見?」

「高人でいい」

 変なところでつっかえた上京に助け舟を出すと、彼女は小さく「そう……」と頷いた。


「……高人のせいじゃない。#SSsに危険がないとは言わないけど、あそこまでのことが起こるのは稀」

「…………」

 姉さんは上京の言葉を黙って聞いていた。やがて、何かを決意したように目を開く。


「あなた、名前は?」

「え……上京、華……?」

 唐突な問いかけに、上京は困惑したように答えた。


「華ちゃんか。華ちゃんも高人やたまちゃんと同じで、#SSsっていうのに参加しているの?」

「ええ。懸賞金は高人の六倍ほど」


「こいつもちょいちょい自己主張強いな」

「高人は黙っていて」

 姉さんに割と真剣な口調で制されたので、僕は素直に口を閉じた。

 姉さんの質問は続く。


「華ちゃんは魔術師になりたいの? 高人と同じで」

「私は……」

 上京の目が少し泳ぐ。


「……なりたいと、思う。私は私自身を、魔術師としての私を証明したい。だから、#SSsも続ける」

「そう。よくわかったわ」

 姉さんは納得したように頷いた。


「華ちゃん。それにたまちゃんも」

「な、なんでしょう」

 藤堂が固く応じる。


「……高人のことをよろしく」

「姉さん、それって」

 姉さんは少し寂しそうな眼をして笑った。


「しょうがないでしょう。高人が危険を承知でやりたいって言うんだもの。……高人より強い二人が一緒なら滅多なことにもならないでしょう」

「僕、上京には勝ったんだけど」

 僕が抗議すると姉さんは小さく噴き出した。


「もう、子供じゃないのよね。高人も。ずっと怪我しないようになんて無理な相談だったわ。それに……正直に言うとね、私、少し安心しているところもあるのよ。あなたが#SSsを始めて」


「……え?」

 予想外の言葉に僕は面食らった。姉さんは藤堂と上京を見て言う。


「#SSsを始めてから急に、友達増えたものね。これまではすぐ家に帰ってきて籠ってばかりだったから」

「そりゃ、いままでは確かにそうだったけど……」


「あの……お姉さん?」

 藤堂がおずおずと口を挟んだ。姉さんは彼女へ優しく微笑みかける。


「ごめんね、たまちゃん。心配かけて。もう大丈夫だから」

「う、うわぁんっ。お姉さんっ!」

 藤堂は半べそで姉さんに抱き着いた。姉さんは少し困った顔をしつつ彼女を抱きしめる。


「私のせいでっ……どうしようかとっ」

「はいはい。たまちゃんのことは怒ってないから、またいつでも遊びに来ていいのよ」

「はい! 毎日でも!」

「少しは遠慮しろ」


「高人」

 藤堂の大騒ぎをよそに、上京が僕の名前を呼んだ。


「改めて……謝るわ。私、魔術師が嫌いなの。理由はともかくね……でも、あなたと敵対する必要はなさそう」

 彼女は右手を差し出す。炎を受け止めたせいで赤く火傷をしてしまっている手だ。


「そうだな。ま、お互いうまくやっていこう」

 僕も手を出して上京の手を取ろうとした。

 が。


 彼女の胸から、金属の棒が突き出した。

「……は?」

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