2-2 リロード

 ジョニーは広い背中を僕に向けてバーの外へと出て行った。僕も彼の後を追って店内から飛び出す。


 バーの目の前は片側二車線の広い車道になっていた。この夜中に走る車はいない。信号機は黄色の点滅を繰り返す深夜用のパターンに動きを変えていた。


 ジョニーがガードレールを飛び越えて車道に入った。車線の真ん中に立つ。僕もガードレールが切れているところから車道に侵入してジョニーの前に立った。

 距離にして三メートル。剣の戦いならちょうどいい間合いだ。


「……近いだろ」

「拳銃相手に距離をとるのは愚策だからな」

「姑息なガキだ」


「頭がいいと言ってほしいね」

 ズボンのポケットからスマホを取り出す。アプリを操作してジョニーへ対戦の申し込みを飛ばした。彼もジーパンから引っ張り出したスマホを弄って申し込みを受諾する。


 スマートフォンからカウントダウンが響く。夜の空気が一気に固くなった。

 五、四、三……。


「西部劇風に背中合わせになったほうがいいのか?」

「必要ねえよ」

 二、一……試合開始!


「”偽造のこん”……」

「"Amendment Ⅱ修正第二条"」


 ジョニーが何かを呟いた、と理解する前に右肩が火を噴いた。激痛と高熱で体が吹っ飛ばされる。


 いや違う……肩を撃たれたのかっ。ジョニーはすでに拳銃を、あのS&W M500を抜いていた。拳銃から放たれた弾丸が僕の右肩を打ち抜いたのだ。僕はアスファルトを転がって悶絶する。


「あぁぁぁっ! 痛てぇっ! 野郎撃ちやがった! ここ日本だぞっ! 法律もクソもねぇのかよ!」

「今更だなっ!」


 視界の端でジョニーが構えたのが見えた。僕は地面を転がって距離を取り、二発目三発目の銃弾をかわす。


「くっ、血が……止まらないっ」

「血なんか出てないですよ先輩!」


 店の方から藤堂の声が響く。ジョニーの取り巻きたちと観戦しているようだ。傷口を押さえていた手を見ると、確かに出血はない。

 弾が貫通したかと……。


「安心しろ小僧。俺の魔術弾は非殺傷用に調整してある。眼球にでも当たらなけりゃ死にゃしねぇよ。殺すのはルール違反だからな。ただ……」

 ジョニーがまた構えた。僕は指輪へ魔力を送る。


「死ぬほど痛いぞ!」

「"偽造の金剛石"!」


 今度は発動が間に合った。目の前に展開した魔力の盾で銃弾を防ぐ。が、重いっ! 弾を受け止めた衝撃で腕が痺れる。ただの魔術弾なのになんて威力だ。


 魔術弾は魔術師が使う基本魔術のひとつだ。簡単な詠唱で、あるいは詠唱を破棄して作成した魔力の弾を飛ばして攻撃する。シンプルだが力ある魔術師が使えば熊をも撃ち殺す威力を持つ。


 厄介なのは、弾が魔力でできているというところだ。この魔術には「リロード」も「弾詰まり」もない。理論上、魔力が切れるまで無限に撃ち続けられる。


 さらに、魔力でできた弾には自在に特性を加えることができる。燃える弾、電気を帯びた弾、炸裂弾、そして曲がる弾まで工夫次第でやりたい放題だ。


 だが……ジョニーは高威力であることを除けば何の特徴もない真っすぐの弾しか撃ち出してこなかった。そして六発目の魔術弾を撃つと銃口を僕から外した。弾倉を振り出して銃を手前に傾ける動作をする。


 あれはリロード。でもあの銃が魔術弾の触媒になっているならリロードは不要なはず……。

 いや、違う。魔術の制約か!


 魔術にあえて不便な縛りをかけることで様々な効果を得る基本技術だ。恐らくジョニーは自分の魔術弾に「六発ごとにリロードする」という制約を課すことであの威力を生み出している。


 僕の見立てでは、それだけじゃない。ジョニーは拳銃とアメリカ文化にこだわっていた。だったらもうひとつ……「弾に特性を加えない」という制約もあるはず。


 彼は魔術弾のメリットを全て捨て去り普通の銃弾と同じように扱うことで威力を手に入れたのだ。素晴らしい! 実戦で目にするのは初めてだ!


 って、言ってる場合じゃないか。リロードが必要ならその期に攻めるしかない。何度も撃たれてたまるか。


「"偽造の瑠璃"」

 出し惜しみはなしだ。僕は指輪をラピスラズリに変えて地面を蹴った。大気を操作して体を前へ飛ばす。ジョニーへ向かって一直線だ。


「ちぃっ」

 ジョニーが顔を歪ませた。弾倉を元に戻した拳銃を僕へ向けて引き金を引く。思ったよりリロードが早い。僕は右手を突き出して盾を展開し銃弾を防いだ。


 ジョニーは二発撃ったところで銃を引っ込めた。途中までしかリロード出来てなかったようだ。好機っ。僕は盾を消すとその分の魔力を右の拳に込めた。


 ダイアモンド由来の魔力で硬化させたパンチを放つ。ジョニーは咄嗟に腕で顔をかばって防御したが、大気操作魔術で勢いのついた僕の攻撃を堪えきることができなかった。呻き声をあげて飛び、地面へ転がる。


「くそっ……やるじゃねぇか……石見とか言ったな坊主」

 ジョニーが素早く立ち上がって再び僕と対峙する。弾倉を振り出して再びリロードの動作だ。


「だが、右肩のダメージがだいぶきついんじゃないか? さほど痛くないパンチだったぜ」

「…………」


 ジョニーの言う通りだ。最初に受けた銃撃の痛み、そして何度も攻撃を防いだ腕の痺れのせいで、すでに右手にはまともに力が入らなくなっている。さっきのパンチも、パンチというよりは雑に腕を叩きつけただけだった。


 ジョニーはテンガロンハットのつばの奥から僕の指輪を見た。右の親指と人差し指にはめた指輪はただの金属から宝石に変わっている。


「俺の魔術弾の制約にも気づいたみたいだな。一回でそこまで辿り着いた奴は大人でもそうはいねぇ。その歳でやるじゃねぇ……」


 僕はジョニーの言葉を最後まで待たずに再び攻撃を仕掛けた。さっきと同じように、大気を操作しての突進だ。だけど今度は盾を展開したままのタックル。ジョニーは横へ飛んでかわした。


 ジョニーはもう、僕の宝石魔術に時間制限があることを察しているだろう。ただの魔術弾に制約を課して運用するような「好き者」だ。その程度の知識は当然あるはず。少なくとも藤堂レベルの知識しかないわけがない。


 だったらこの会話も時間稼ぎのはず。それに乗る理由はない。

 彼が拳銃を使うソーサラーだというのは下調べで分かっている。その拳銃がここまでの威力だとは予想外だが……当初の予定通り、間合いに入って攻めまくる!


「突っ込むだけか!? 芸がないぞ!」

「それはどうかな!? "偽造の紅玉"!」


 僕は左腕を振るった。ルビーへと変化した指輪から炎の渦が巻き起こって体勢の崩れたジョニーを追いかける。


「炎かよっ、くそっ」

 ジョニーが慌てて後ずさりし距離をとる。やはり拳銃使いだけあって間合いの取り方が慣れているようだ。すぐに手の届かない位置へと動かれてしまう。


「ソーサラー同士の戦いだろ? もっと魔術の撃ち合いってやつをしようぜ!」

「くっ、相手の土俵に乗らないのは勝負の基本だろ!」


 僕はジョニーの放つ弾丸を盾で防いだ。もう腕を上げるのがしんどい。これでは時間切れの前に体の限界が来てしまう。


 かくなる上は……。

「"偽造の琥珀"」


 僕は指輪を琥珀に変化させ、地面へ魔力を送った。歩道にある街路樹から根が伸びてジョニーへと迫る。だが。


「そこだっ」

「うおっ!」


 ジョニーは迫る根っこを避けるのではなく、僕へ向けて魔術弾を放ってきた。僕は咄嗟に盾でガードする。

 根の動きが止まった。


「やっぱりな……お前、同時に複数の魔術を使えないな?」

「…………」

 ……ばれたっ。この早さで!?


「さっきお前が炎を出したとき、盾が消えてたからピンと来たんだよ。大量の属性の魔術を使える奴が、いつでも銃弾を打てる俺相手に盾を消すメリットはねぇからな。俺と同じで制約かけてるのか、たんに出来ねぇのかは知らねぇが……」


 ジョニーは僕に向けて拳銃を構える。引き金を引き、弾倉に残っていた弾丸を全て僕に浴びせる。僕は盾を開いて耐えることしかできない。


「こうやって撃ち続ければお前は盾以外使えないってわけだ」

「ぐぐぅ……」


 ジョニーの言ったことは「半分」当たっている。僕は複数の魔術を同時に使えない「ときもある」。それは魔術の触媒となる宝石が同じ手に集中しているときと、魔術の種類が著しく違うときだ。


 例えば、藤堂と戦ったときみたいに炎と水の同時攻撃というのはできる。水は右手のアクアマリン、炎は左手のルビーを使うし、両方とも攻撃だから魔術の種類としても同じだ。これは両手で同時に三角形を書くようなものだ。この程度なら簡単にできる。


 だけど、右手のダイアモンドから発動する盾を使いつつ左手の炎を放つことはできない。防御と攻撃じゃ魔術の種類が違いすぎる。右手で丸を書きながら左手で三角を書くのは難しい。ましてや戦闘中だと。


 ちなみに、触媒が同じ手に集中していると魔術を使えないというのは、右手「だけで」同時に丸と三角を書くようなことを想像するとわかりやすい。順番に書くことはできても同時は無理だ。


 これはジョニーの魔術弾の制約のように、守れば恩恵を受けられるというものではない。ただの技術的限界で、僕が「出来ない」というだけだ。やらないのではなく、出来ない。僕の未熟さの証だ。


 しかしこの男……本当に懸賞金二十万のソーサラーなのか? 評価の割に目ざとすぎる……。

 それとも、これが#SSsの標準なのか……。


 藤堂が言っていた。ジョニーに勝てず去っていくソーサラーが多いと。

 いまならその意味がよくわかる。

 こいつ、ふざけた格好なのにかなり強いっ……。


 不意に、ジョニーの連撃が止んだ。撃鉄が空を叩く。

「おっと」


 僕はすかさず立ち上がって腕を振るった。もう一度大気を操作してジョニーへと突っ込む。もうダイアモンドもラピスラズリも時間切れ寸前だ。ここで攻めないと打つ手がなくなるっ。


 ジョニーへ向けてまっすぐ突き進む。今度は周囲に炎をばらまき攻撃規模を広げながらだ。容易に避けることはできないはず。リロード動作に入った直後の突進だから弾倉はまだ振り出されたまま。カウンターを取られる心配もない。


 今度こそいけるか……?


「甘ぇぞ!」

 ジョニーの声と同時に、ドスンと鈍い痛みが腹部に走った。衝撃で突進が止まる。


「ぐっ……!?」

 さらに二発。明らかに撃たれている。弾切れのはずなのに……?


 僕はジョニーの手を見た。彼の右手にはリボルバー式の拳銃が握られていた。いつの間にリロードを終えたんだ? いや待て……あの銃、さっきのより一回り小さい?


 足元にもう一丁が転がっていた。まさか。


「二丁あったのかよ……」

「小さいから威力は劣るがな。準備は怠ってねぇんだよっ」

「くそっ……」


 盾を展開しようと腕を構える。だが、右手人差し指の指輪はすでにダイアモンドからただの鉄くずに戻っていた。

 このタイミングで時間切れか……。


 胸と腹へさらに弾が飛んでくる。炎で幕を作って遮ろうとするが、魔力で出来た弾丸は高熱をものともせずに突き抜けてくる。残りの三発が体に命中し、鈍い痛みが走った。僕はその場に崩れ落ちて蹲る。


「痛っ……げほっ! げほっ!」

「なかなかいいところまで行ったが惜しかったな、小僧。俺のほうが戦いに一日の長があったってわけだ」


 ジョニーはそう言いながら落とした拳銃を拾い上げる。弾切れになった二つの銃をゆっくりリロードするが、痛みに苦しむ僕はそれを眺めていることしかできなかった。


「降参してもいいんだぞ。恥ずかしいことじゃない。お前はよくやった。俺に対してイキり倒して瞬殺されたバカも多いからな。そうやって消えてった奴に比べりゃお前は将来有望だ」


「悪いけど、下を見て安心する趣味はないんでね……」

「ったく、口だけは達者な奴だ。じゃあトドメ刺してやるよ」

 ジョニーが大きいほうの拳銃を僕に向ける。引き金に指をかけ、じっと狙いを定めてくる。


「三秒だけ待ってやるよ。降参しな」

「魔術師相手に三秒もくれてやっていいのか? 足元を掬われるぞ?」

「言ってろよ。三……二……」


 ジョニーがカウントを始める。口では強がったものの、現状では逆転の手がないのは事実だ。

 現状では……ね。


 やむを得まい。

 プランBといこう。


「一……ゼ」

「"偽造の水晶イミテーション・クリスタル"!」

 カウントダウンが終わる直前に呪文を唱えた。右の中指にはめた指輪が水晶に変わる。


 水晶は未来、歪曲に意味づけられる宝石。だが特性はもう一つある。

 それは光。


 水晶に変わった指輪から光を放つ。真昼の太陽のように明るい光を一瞬だけ。それで十分だった。ジョニーは反射的に目をつむってしまい、銃口も僕から逸れた。チャンス。僕は静かに立ち上がって駆け出し、細い路地へと入り込む。


「くそっ、フラッシュかよっ……あの野郎往生際が悪いっ!」

 背後でジョニーの声が聞こえる。だが彼の視界が回復したときには、もう僕はいない。


 ここからが本当の闘いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る