本編のその後
閑話:メイドは物思いに耽る
「お2人は元気にしているでしょうか。」
私はメイドだ。主には王宮で働く下っ端ではあるのだが、1か月前までは王太子様の命により処刑されるデスパイネ家のご令嬢が幽閉された北の塔へ派遣され、3食を運搬する業務を請け負っていた。その後湯浴みの湯の入ったピッチャーや、盥の運搬も業務に組み込まれたのは、余談である。先輩曰く外れ籤ではあったそうな。何せ北の塔の石畳の螺旋階段はかなりきつい。上がっておりてを30日は過酷である。それを30日――実際はお2人が脱走したため29日であるが――やり遂げたことは、私の人物評価にそこそこいい結果を残したようである。
北の塔では、メイドが私1人しかいなかったためか職名で呼ばれていた。私の本名はセーラであることを、多分逃げ出した2人は知らないであろう。
私もそれで、良いと思っている。
間違っている、この処刑は。そう思っても私は何もできなかったし、踏み込むこともできなかった。夜の見張りの兵士は違ったのだと理解したのは、30日目の朝。食事を運んだ際にもぬけの殻の北の塔の最上階を見て、であった。
その時、私が選んだのは即座に下の見張りに報告するのではなく。
なるべくゆっくり、ゆっくり階段を降りて。入り口近くになってからの報告で、あった。
囚われのお姫様を助ける王子様。というには夜の見張りの兵士は顔立ちは平凡である。でも、お嬢様が私や昼の見張りの兵士には決して向けなかった楽しそうで、幸せそうなその顔を、引き出したのは彼であったことは確かである。
それなら。2人が手に手を取って逃げ出すのはさもありなんといったところか。
夜の兵士は職務に忠実で遊び1つしない不愛想、という評判だったものだから意外ではあったのだろう、兵舎は蜂の巣をつついたように大騒ぎだった、らしいけれど。
その際、赤毛の。昼の見張りの兵士だけが物知り顔で悠々其騒ぎを見ていたのだということまでは私は知らなかったが。
本来なら捕まって処刑。少しだけ延命されただけであろう。だが、デスパイネ家への処断や婚約破棄は王太子の独断と宰相らの根回しであったことが、世界会議を途中で抜け出した国王夫妻の帰国とその後の調査で判明し、一転デスパイネ家の無罪が証明された。その頃には一族も、何処かに匿われていたらしいお嬢様と、お嬢様と一緒に逃げた見張りの兵士は隣国へとこの国を捨てて逃げて行ってしまっていたのだけれど。
私は思う。処刑が迫っているというのに泣きもせず、唯凛としていたお嬢様。
どれ程怖かったろうか、それでも誇りを忘れぬ姿に尊敬を抱いた。
そのお嬢様の心を溶かし、職務を捨てても共に逃げた兵士。
あんな風に、全てを捨てても愛されてみたいと女ならだれでも思うのではなかろうか。私は少なくとも、思う。
「ほんと、どうしているんでしょうねぇ。」
きっともう、顔を合わすことはないだろうが、私は2人の幸いを祈る。
そして私にもそんな風な運命の出会いがあれば……。
「あっセーラちゃん!今日も可愛いね!」
赤毛の、昼の見張りの兵士が私に声をかける。私はスルーした。
私はあの2人のように自分だけを愛してくれる人がいいのだ。ねーねーと声をかけられても、スルーだスルー。
ああ、恋がしたいなぁ。
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