30日目
その日の朝、緑豊かな国ファルコニアでは大混乱が起きていた。
本日は国家簒奪を企てたとされるデスパイネ家の一族郎党を処刑する筈であったのだが。まず1つ目の混乱は、北の塔に1人幽閉されていたフラヴィア=デスパイネ公爵令嬢とその見張りの兵士が行方不明になったということだ。話は其れだけでは終わらず、隣国から宣戦布告が叩きつけられたのだ。自分達の王族の血縁への冤罪による処刑を其の儘見逃すことは自国を蔑ろにされたことと同義であるということで、休戦協定を破棄するとのことであった。更に、冤罪による幽閉と処刑、北の塔に幽閉された公爵令嬢へ行った非道の一部始終が書かれたビラが彼方此方に配られたことで、王家の信頼は失墜し、民衆からも大バッシングというやつだ。王太子にとって更に悪いことは続き、国の一大事と世界会議を中座して自国に国王夫妻が戻ってくるらしい。3日以内には到着する、ということで。国全体も王宮の中枢も大混乱に陥ってしまい、碌に追っ手を出すこともできなかったというわけで。一旦騒ぎが落ち着き追っ手を出す際には既に夕刻に迫る頃合いになっており。デスパイネ家の一家郎党の処刑どころか逃亡した令嬢と兵士への捕縛の為の追跡命令の初動すら大きく遅れることとなったわけだ。
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塔の入り口には見張りの兵は何故かおらず。同僚のようにさぼりだろうか、いやいや。丁度交代時間の隙を狙ったのがぴったりはまったのだろう。神様は俺たちに微笑んでくれていたようだ。
俺はお嬢様の手を握り、夜の闇の中城下町に向けて駆け出した。
お嬢様は以前作った黒髪の鬘を被り、俺の私服の上着を羽織っている。
俺も兵士の服から見張りの服に北の塔の詰所で着替えており、夜の街を駆ける男女2人は然程目立つ風貌ではなく仕上がっていた。
しかしこれからどうするか。と互いに手を取り駆けながら思案していたところ、助けてくれたのは自分の家の近所の仕立て屋の女主人であった。前にお嬢様からの手紙を届けた人であった。裏口より入るよう指示され、その様にして。女主人は俺たちを眺め、やるじゃないかとばかりに俺の背をばしん!と叩いた。とても痛かった。
一旦仕立て屋の一室。奥の裁断室の1つで身を潜めることになった俺達であったが、お嬢様は緊張の糸が切れたのか、俺の肩に凭れて眠ってしまった。時刻は朝、になったのだろうか。この裁断室は窓がなく、あまり時刻がわからないので体感で凡そを判断するしかない。
逃げきれたと判断するのは早計で。例えばこの場所が見つかりひっ捕らえられたなら、俺は確実に死刑。お嬢様は言わずもがな。序に職場は絶対首だ。知ってる。
其れでも後悔はしていないし、隣で寝息をたてる彼女が。本来であれば命を落とすであろう時刻を過ぎても生きていることが実感できるのが。泣きそうなほど嬉しいのであった。
「むにゃ……すぅ……わ、わたし、あきらめません、のよ……すぴ。」
寝言が、可憐な唇から零れ落ちる。今は青空の色の瞳は眠っているから見えないけれど。起きた時にその瞳が煌めく様をまた見たい。俺はそう思いながら眠気に身を委ね瞳を閉じる。
「そうですね。俺はあんたの諦めない姿に惚れたんですよ。フラヴィア様。」
最後まで諦めなかったから。彼女は今こうして生きているのだ。この先どうなるかはわからない。けれど。きっと俺はこの手を死ぬまで離しはしないのだと、密やかに決意するのであった。
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