閑話:同僚兵士は見た

自慢の赤毛を弄りながら、今日も職場で大あくび。そんな昼。俺は北の塔最上階にて罪人の見張りをしている。もう直ぐ死刑になるご令嬢だ。デスパイネの家の、元王太子妃候補。笑いもしない泣きもしない、なんとも面白みのない女である。面白みのないといえば、俺と半日交代で見張りの仕事についているアルフレドもなのだが、あれは意外と懐がでかいのを知っている。何時も勤務時間前には職場にやってくるし。俺がデートで早引けするときでも文句言いつつ見逃してくれるし。

俺が貴族の落とし胤であることは、公然の秘密である。赤毛は下位貴族特有のもので、純粋な平民はこんな髪色にならない。だから俺はこれを最大限に使って、あちこちのお店の看板娘のクララちゃんやらをナンパして、デートして日々を楽しんでいるというわけだ。


30日見張った後は長くお休みを貰えるらしいし。やったー!と俺は今日もうっきうき気分で仕事を終え、早引けすることにした。ロッカーですれ違う同僚は、何時もなら一言文句を言ってくるはずなのだが、ここ数日は元気がない。どうしてだろう。

俺は調子でも悪いのかと尋ねたら、お前が真面目に勤務時間を守ったら調子も良くなるんだがな、と釘を刺されてしまった。たはは。

それにしても、俺が見張らねばならないデスパイネ家の公爵令嬢は本当に可愛げがない。無表情で何時も窓の外を見ている。見張りやらいない者扱いではなかろうか。そりゃこんな風な対応されるなら、王太子殿下も婚約者様へと愛情を傾けるのもわかる。女は愛嬌だよなぁと俺は思うのだった。


でも、それは一寸違っていたのかもしれない。と最近思い始めている。


切欠は多分。王太子殿下が公爵令嬢の髪を無理矢理切ったことから始まる。

流石に、不愛想であったとしても。女の髪を切るのはしてはいけないと俺は思う。ライラちゃんとかがそんな風にされたら。俺はその相手をぼっこぼこに殴り倒すだろう。この国の風習で、女は髪が長いのが美しさの基準の1つでもあり。それを結い上げて嫁に行くのは、平民だろうが貴族だろうが変わらなかった。処刑により死んでしまうからっていっても、それはあまりにも酷い所業ではないか?

と、考えていたのだが。それ以上に怒っていたのが、あの同僚の兵士であった。

お前、あんな風に怒ることあったんだ。と俺は思った。

口調は丁寧だけど、苛烈な目が王太子に向けられていた。こいつを殺してやりたいと言ってた。お前、紳士だったんだな!?俺は感心した。


その翌日、同僚と勤務を交代すると、一房だけ残った長い髪に不格好な青いリボンが巻かれていた。何時も食事を運ぶメイドがしたんだろうか。とても嬉しそうに微笑む姿を、俺は初めて見た。因みに俺の視線に気づいたら、また元の無表情に戻ったのだが。……もしかしたら。公爵令嬢はそこまで冷血ではないのかもしれない。


処刑の足音聞こえる、公爵令嬢様が幽閉されて28日目。俺はいつも通り早引けしようとしていたら、王太子殿下がやってきた。公爵令嬢からはまるで塩のようにしょっぱい対応だが、無理矢理髪切る所業すりゃそうだよなぁ、と1人納得していたのだが。ちょ、ちょっとまて王太子殿下!それは流石に。


「どこから手に入れたか知らんが、死ぬときまで色気づくとはホトホト見下げた女だ。悔いたりする様子もないなどとは。」


王太子殿下が取り上げようとしているのは、あの青いリボンだった。北の塔に幽閉された罪人の彼女の。唯一のお洒落だ。あの男爵令嬢をいじめたことは悪いとは思う。が、この塔に放り込んで処刑の日まで冷遇するのでいいじゃないか。こんだけ取り上げられなきゃならんのか?と、俺の中に湧いた疑問は大きくなった。

丁度その時、夜の見張りの兵士。つまり同僚がやってくる足音がした。俺はその姿を見てこいこい、と手招く。お前アレ何とかして。俺無理怖い。


――この後のことを端的に言うと、公爵令嬢が頑としてリボンを外さず、王太子殿下に恥を知れと言ったことで、王太子殿下が令嬢に手を上げようとした結果、俺の同僚が代わりに受けた。お前、多分へなちょこパンチだから痛くないにしろ。王太子殿下の前に身代わりで出てくるとか不敬極まりなくないか?やばくないか。大丈夫か。

俺はおろおろしてみているだけだった。


王太子殿下は興がそがれたのか、鼻を鳴らして階段を降りて行った。俺も序に退散しよう。と慌てて階段を下り始めて。ふとポケットに手を入れて気づいた。ライラちゃんへのプレゼント、落っことした!

多分最上階の、勤務場所でだ。俺はしゃあないと階段を昇って――……そして開いたままのドアの向こうに見てしまった光景があった。


「……あの朴念仁。」


全く気付かなかった。あいつ、このお嬢様のこと好きだったのか。よくよく考えればあの青いリボンは安物で。メイドが贈るにしてももうちょっと可愛いもの。たとえばレースでもついたものとかにしないだろうか。なら、あれって同僚が贈ったものだったんじゃあないか。

仕事一筋で、真面目が取り得で。何時も文句を言いながら他の奴のフォロー、主に俺のフォローをする同僚なんだが。そいつの色恋沙汰なんて全く聞いたこともなかったけど、へぇ、ふうん、ほぉ。

でもその令嬢って明後日死ぬぞ。なぁ、つらくないのか。苦しくないのか。

お前のことだから絶対職務を投げ出さないだろう。でも、もしもだ。


もしも、それより彼女を選ぶっていうんなら。共に逃げでもしようとするなら。

―――増員された兵士が入り口で見張るこの塔から逃げ出すのって無理難題すぎだろ。2人とも死ぬだけだ。


だから、この心優しい同僚の俺が少しだけチャンスを広げてやるよ。

あーあー。今日のデート土壇場で中止だ。クララちゃん怒るだろうなぁ。


「あ、何時もお疲れ様です!実はですねぇ。いい酒が手に入りまして。何時も階下で頑張ってくれてるから、其れを労いにきまして。詰所どこかな、其処で差し入れを頂いて貰おうかと。ええ、勤務の交代まだでしょ?ちゃんとお仕事しなきゃ……ああ、俺が黙ってればいいんです?はい、はい。先輩ってば好きですねぇー。」


何でこんなバカなことしてんだって思いはある。もし2人が逃げおおせたら連帯責任で首ちょんぱになるかもなぁ。何してんだ俺。というかそもそもこのタイミングで逃げだすって保証もなにもないわな。

だから、これが無駄になったとしても。自分の首を絞めるってことになったとしても。何か後悔しそうだった。一寸した手助けする理由なんてそんなもんだ。




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