29日目その2
お嬢様は目を満月の様に丸くしたまま、暫し無言であった。
俺もまた、彼女の口が開かれる間無言で待っていた。
「……私は。アルフレドの一生を台無しにする気はありませんわよ。今の言葉は忘れて、貴方は兵士としての務めを全うすべきですわ。」
それは拒絶だった。今までの俺ならそうか、と引き下がるべき場面だった。その筈なのに。俺の口は勝手に言葉を紡いでいた。
「もう十分台無しになっている。」
「なっ!?ど、どこがですの!?」
あんな破天荒な、序に一部黒い虫のような動きしていたお嬢様のぽんこつ脱走計画を毎度毎度近くで見て、序に協力したり阻んだりの約30日なんて、このまま忘れられるわけないだろ。常識的に考えて。
というのを訥々と説明したら、お嬢様は心外だとぷんすことした。彼女的にはあのポンコツ甚だしい脱走計画は本気だったらしい。なんということでしょうか。俺にはまったくもって理解しがたいことであった。
「隣国の手助けも、国王夫妻の帰還も間に合いませんでしたし。私は。」
「諦めるのか?ここで。最後まで諦めないって言っただろう、お嬢様は。」
「それは!そう!ですけれど。」
そこで、諦めないと言い続けた彼女の言葉を持ってくるのは狡かったろうか。
彼女はばつの悪そうな顔で、俺を見ている。今の状況が絶望的であることは火を見るより明らかで。彼女の脱走計画やらなにやらの報告で増員された階下の兵士という北の塔の入り口の見張りを突破できるという望みは薄かろう。数は力だ。
それでもだ。それでも、1分1秒でもあんたに生きて欲しいと願う俺は。滑稽だろうか。死んでしまうだろうこともわかっている。罪人になる覚悟だってできているけれど。それでも巻き込んで死んでほしくないと泣くお嬢様を。俺は腕伸ばして抱き寄せ、耳元で告げる。
「共に逃げてダメで死ぬ方が、このままあんたを死なせたことを後悔して老衰で死ぬよりかはましだ。だから最後まで足掻いてくれよ、フラヴィア様。
1人で死なせたくないんだよ。」
あの王太子の命で首が刎ねられるのを黙ってみているよりかは。自分の腕の中で1秒でも長く生きていて欲しい。俺が死ぬまで守るから。一緒に逃げてくれと。
再度、告げればお嬢様は小さく首を縦に振った。
計画だって杜撰なもの。深夜、入り口の見張りが代わりの人員と交代する僅かの間を見計らい逃げようというただ、行き当たりばったりではあるのだけど。
それでもきっと翌朝の処刑の時間よりかは少しでも長く生きられるだろうから。と。
握りしめたあかぎれても柔らかく美しい手に指輪1つ贈れぬ貧しい兵士の手が重なり、石畳の階段の音がこつり、こつり鳴る音は2人分。
月が綺麗な、晩だった。
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