29日目その1
兵士様は見ないでくださいね!!とメイドに念を押されて2時間。見たことはないだろうが。と言いたいが事がことなのであれだ、文句も言えやしない。
現在、お嬢様は湯あみ中だ。明日の午前には処刑されるフラヴィア=デスパイネ公爵令嬢は、抱えられてきた桶とその中に何往復かして入れた湯で体を禊いでいる。
今日は髪も整えねばとメイドが櫛をもってきたので、そういったのも含め『身支度』をしているのだろう。処刑される、ための。
そのことが鉛の様に重く胸に落ちていき、彼女らが時折何かを話す様子を、俺は格子のついたドアの外で聞かないようにして、背を向けて見張りを続けていた。
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メイドも帰り、すっかり整えられたお嬢様はしゃきんと背を伸ばしてベッドに座っていた。髪は初日より艶をなくしてはいたが整えられ、脂ぎったものは流されたかしっとり濡れている。ただ、細くなった。粗末な食事しかないのだから仕方ないことだが。頬がこけたし、髪もあの王太子に切られた。隈だってできてるし、爪も少しがたがた。あかぎれのできた手は痛々しい。
それでも、綺麗だった。青い瞳は相変わらず輝いていたし、処刑前日になっても自信満々の表情が堪らなく綺麗だった。
「まだ、あきらめないつもりですか?」
「とーぜんですわ!!私は最後まで絶対諦めませんのよ!」
ふんす、と胸を張る。処刑用の白いドレスが月明かりに照らされながら閃いている。
俺は最後の夜だしと、カギを開けて彼女の幽閉された部屋へと入った。彼女は何も言わなかった。怯えもせず、かといって近づきもせずだったので
1人ぶんの空きスペースを残して、俺は彼女のベッドに座った。隣に、座った。
文句は言われなかったので良かったんだろう、多分。
暫くそのまま、彼女の隣で時を過ごした。
互いに何も言わず、視線も合わさぬままに。
夜風に彼女の一房だけ長い髪がなびいて、視界の端に映る。それをつい、指が無意識に追って。触れて。
其れで漸く、彼女の目と己の目が、あった。
「「……………。」」
互いに、それで言葉が詰まるのだからお笑い種やもしれん。何時も彼女が騒ぎ、俺が止めたり溜息をついたり、破天荒な様子ではあったのに今日は其れもない。
俺は兵士だ。見張りの、兵士だ。わかってる、理解している。
明日彼女を処刑台に送り届けるまでが、俺の仕事だ。
なのに俺の口は。そのことを言えず。俺の手は、その髪から離せず。
先に口を開いたのはお嬢様だった。
「……1つお願いがありますわ。このリボン、また結わえてくださいませんか?」
差し出したのは、菓子のラッピングのリボン。俺が彼女に渡したリボンだ。瞳の色とおんなじ青いもの。俺はそれを受け取り、無言で彼女の一房長い髪に撒く。不器用なりにあの後練習したのだ。少しだけましになった不格好な蝶々結びに。彼女は嬉しそうに笑って礼を言った。
そして、彼女が結わえられたリボンに手を伸ばす、のを。
俺の手が、つかんだ。
目がまんまるに開かれる。ぱちりと、瞬く。
――俺は1人分の距離を詰めて彼女に問うた。
「前に、誰かとともに逃げるのは。俺に迷惑がかかるからしないといったよな。なら。」
ぎしり、と寝台の音が鳴る。安物のベッドではあるが俺の家に置きっぱなしのものよりかは上質か。俺は真っすぐ彼女を見て尋ねた。
最初で最後の、狂乱だ。それを見ているのは彼女と、月だけ。
「俺と一緒になら、共に逃げてくれるか。」
死なせたくない。あんたが好きだ。
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