閑話:28日目、の悪役令嬢は

王太子は暇なのだろうか。私は訝しむ。暇なのだろう。実権は全て宰相らの派閥に握られている。さて、これは国王らが世界会議から帰ってきたらどうなるのか。火を見るより明らかだと私は思うのだが、その辺りまで私の元婚約者は頭が回っていないらしい。


何故そう思ったかというと。あと2日で処刑されるよう陥れた元婚約者に、態々あいに来ているからだ。この王太子が。国王夫婦不在の中、国王代理であろうに何をしているのだろう。きっと新しく婚約者に据えた男爵令嬢と仲睦まじくしているのだろうと思っていたのだが、此処にきて干渉されるというのも迷惑な話だ。

私は、最後まで諦めない。死にたくないし、死ぬような罪を私も私の一族も犯したとは思っていない。我が家は国家転覆など無縁だ。婚約者があると知って近づく娘を嗜めた程度で罪となるのならば、この世は犯罪者だらけにならないだろうか。

だが、それを言っても聞いても貰えないだろうし、関係を改善する努力を怠ったのは私の怠慢でもあった。だからこそ、今までの理不尽も享受してきたのだ。

未来の王配ではなく、1人の人間として支え合えるよう彼との関係性を努力すべきであったと今なら思う。当時王妃教育で精一杯であったことは事実だが、それでも。だ。


などと回顧していた時であった。この男はとんでもないことを言った。

処刑されるときの服を指定されるのはまだ我慢できるし、髪を切られた時には悲しかった。けれどアルフレドが一房残った髪に結んでくれたリボンがあるから耐えられた。


なのに。その希望まで取り上げようというのか?

ふさわしくない、と。


「嫌です。服などの規定はあっても、髪を彩るものについては強制されていないはずであると王妃教育で習いましたが。」


嫌だ。と私は初めて。元婚約者の彼の言葉に矛盾などの指摘ではなく。拒絶を示した。


「どこから手に入れたか知らんが、死ぬときまで色気づくとはホトホト見下げた女だ。悔いたりする様子もないなどとは。」


「私は、悔いがあるとすれば貴方と未来の王配としてではなく1人の人間同士として向き合わなかったことだけです。それ以外恥じることは何もないですわ。」


私は、真っすぐ王太子を見た。少しひるんだ様子なのは気のせいだろうか。


「貴方がどう思おうが知りません。ですが貴方は正当な理由のないままにこれを取り上げようとする。一族から離し1人だけこの塔に入れる、髪を切るなどの無体を今までは黙って耐えておりましたが。……恥を知れ!」


私の言葉に激高した王太子が腕を振り上げる。私は咄嗟に目を瞑って


ばきっ!!!


という音がして、叩きつけられる拳の音がした。なのに痛みはない。

目を開けると、茶色の髪の後頭が私の目の前にあった。

激高した王太子は少しばかりうろたえている模様だが、そんなことは関係ない。だって、私が無傷ということは……あなたが。


「あ、ぁ!」


悲鳴を上げたことで、彼が少しだけ私の方を振り向く。

唇から一筋血が流れているのを見た。頬だってきっと、腫れてしまうのだろう。痛々しいのに、それでも彼は王太子に話しかけ、彼の指摘に王太子はさっさと階段を降りていく。私は。私は貴方を見て。その痛々しい姿に思わず涙が零れた。


「暴力にさらされるのは、怖かったでしょう。助けが遅れてすみません。」


「違う、ちがうわ。」


違う。私は自分が傷つくのはいい。でも、私に心を砕いてくれた。貴方が傷つくのが嫌だった。


「あなたが。私の為に怪我をしたのが痛いの。アルフレド。」


「そりゃしますよ。」


見張りだから?そうだとしても体を張らないでお願いだから。生きたい気持ちはある。でも貴方に傷ついてほしくない気持ちだってある。

どうして庇ったのかと再度、訪ねる。それは私を助けるために傷つかないでと願う心からきていたのに。あなたは言うのだ。


一房だけ、指に巻き付けながら。


「貴女が大事だからですよ。」


私は、思わず貴方に抱き着いた。こわごわ、おそるおそると、背に回される腕があった。私は暫くその温かさを享受していた。彼が職務に忠実に戻らんとするために、すみませんと謝罪るまでは。今は唯、こうしていたかったの。


結局私言えなかったわ。私だって貴方が大事だと。

好きなのだというには、貴方と私はあまりにも遠く。

それでも胸の奥が軋む程。今この時がしあわせであったのだ。

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