28日目
いつものことだが勤務時間よりも早くに北の塔につき。交代のために詰所に向かい扉を開けた。今日は珍しく昼間の見張りの兵士が詰所にはいなかった。槍でも降るのだろうか。不思議なことだと思いながら階段を昇って行くと声が聞こえる。聞き覚えのある若い男の声。それは王太子のものであった。この北の塔にやってきて、お嬢様を罵倒するのは今日で何回目だったか。この国の次期国王は暇なのだろうか。
昼間の見張りの兵士、俺の同僚は今日はなんだかはらはらした様子でドアのあたりをちらちらとみている。上がってきた俺に気づき、アイコンタクトでなんとかしてくれと俺の方へと視線を寄越してきた。いや、お前が何とかしろよ。
その視線に何があったのやらと幽閉されている部屋を覗く。鍵が開いているが本来ならほいほいと開けてはいけないのだ。自分はどうかというのは割愛しておく。
「嫌です。服などの規定はあっても、髪を彩るものについては強制されていないはずであると王妃教育で習いましたが。」
「どこから手に入れたか知らんが、死ぬときまで色気づくとはホトホト見下げた女だ。悔いたりする様子もないなどとは。」
今日は婚約者様はきていらっしゃらないようである、が。何の話だろう。俺は同僚に視線を返した。同僚はこいこい、と手招きをしたのでこっそり気配を殺して其方の方に移動した。ところ。
「あの髪についてるリボン、多分食事運んでるメイドちゃんが渡したものだとはおもうんだよね。それを外せってのに抵抗しててさ。いや、ちょっと流石に殿下が悪いと思うよ。髪を切って、その上オシャレまでだめって。悪女かもしれないけど。女の子だもんなぁ、公爵令嬢様も。」
今回だけじゃなく今まで一度も彼女が悪いことなんてなかったろうが。と言いたいのを抑えた。これで俺が怒鳴り込んで王太子殿下を部屋から放り出すことは簡単だ。何せ兵士なのだ。王宮でぬくぬくしていたもやしとは鍛え方が違う。だが、それをすると確実に自分はこの見張りという職から外される。もう二度と彼女に会えない。
それでも、これはあんまりだ。
「貴方がどう思おうが知りません。ですが貴方は正当な理由のないままにこれを取り上げようとする。一族から離し1人だけこの塔に入れる、髪を切るなどの無体を今までは黙って耐えておりましたが。……恥を知れ!」
激高した王太子が彼女に腕を振り上げる。俺はそれを見てとっさに飛び出す。
ばきっ!!!
という音がして、俺の頬に叩きつけられる拳。鍛えられてないんだそこまで痛みはないのだが。訓練の上司の鉄拳の方が痛い。しかしどうやら当たり所が悪かったのか唇から一筋血が流れた。後明日はきっと頬が腫れてるんだろうな。
顔を上げると、激高した王太子様は少しばかりうろたえている模様で。背後からは悲鳴が上がった。これはお嬢様だろう。
「王太子様。デスパイネ公爵令嬢様は2日後に処刑される身です。その身に傷がついていれば、何があったか民衆が不安に思うでしょう。貴方様のお立場の為にもここは堪えていただけませんか。」
その言葉にはっとしたらしい王太子は、ふん!と鼻息を荒げてさっさと階下に降りて行った。同僚はあわあわしていたが、それに続いて階段を降りて行ったのだった。
残されたのは、俺とお嬢様。振り返れば、お嬢様が泣いていた。
あのめったに泣かないお嬢様が、泣いていた。
「暴力にさらされるのは、怖かったでしょう。助けが遅れてすみません。」
「違う、ちがうわ。」
ぐすり、とすすり泣く音。俺は彼女を見つめると、彼女は目を潤ませ俺を見つめ返した。
「あなたが。私の為に怪我をしたのが痛いの。アルフレド。」
「そりゃしますよ。」
あの王太子にこれ以上お嬢様を傷つかせてたまるかと。そういった意地もあったのだ。だが、それだけではこのお嬢様納得してくれないらしい。泣きながら再度問いかけてくる青空の色の瞳は、潤んでいるがとても綺麗だった。
「どうして私を庇って。」
「そんなの、当たり前のことでしょう。」
俺は、苦笑して彼女の一房だけ髪を指に巻き付け、絡ませる。
職務だから、とか考えているのだろうな。と思う。俺もそうであると言えればよかったのだが。今まで大樹が嵐に吹かれても泰然としてあるがごとくに、冷静に対応していた貴女が。たった1つ。俺が贈ったリボンを取り上げられそうになって抵抗した。それで王太子の怒りをかったこと。そのことが嬉しいような、悲しいような。
そんな気持ちを俺に齎したことをきっと君は知らない。
どんな宝石よりも、どんな境遇よりも、君が俺から贈られた安物の、しかも飴玉をラッピングしていたリボンを大事にしてくれたのだと知って。嬉しくないわけがなく。それを諦めれば君が傷つくこともなかったのにと悲しみも同時に湧くから人とは何とも複雑だ。俺はお嬢様に微笑み、告げる。
「貴女が大事だからですよ。」
好きと言えればよかったのに。俺のヘタレ。
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