23日目

今日の昼に王太子とその婚約者殿がまたこの北の塔にやってきたらしい。見張りの交代の為、何時もの様に早めに詰所に訪れた所、矢張り早くに降りてきていた同僚が教えてくれた。お前は一度でいいから定時まで仕事しろ。俺は深くそう思った。


「便箋と封筒、万年筆を差し入れたそうだ。全く慈悲深いことだ。」


「……遺書を書けってことだろう?結局は。」


「そりゃそうだろ。」


慈悲深いというのなら、元婚約者だけでも減刑するだろうに。と俺は内心毒づいた。結局の所王太子とその婚約者殿の自己満足なのではなかろうか。遺書の中に自分たちへの謝罪を求めているのだろう。湧き起こる不快感を、拳をきつく握りしめることで耐えた俺は、相変わらず婚約者殿はお美しく可憐で等々の、同僚の話を右から左に聞き流しながら、制服に着替えて最上階へと石の階段を昇っていった。


**************************


「ええ、頂きましたわ?本当にシンプルなものですが。」


これ、家紋を入れさせないよう蝋も同封されてないのが嫌らしいですわ。と。お嬢様は溜息をつきつつ便箋を指で摘まんでひらひらとさせていた。

彼女は諦めない。といったけれど。遠くに見える机の上にあるもう1枚のそれには何かを書いているようで、黒い文字の様なものが見えた。


俺は、自分が大事だ。育ててくれた孤児院の院長や先生、同じ場所で育った仲間たちも大事で。同僚もむかつくことはあるけど嫌いじゃないし、上司は中間管理職でひどく同情するし。孤児で漸く得られたまともな職を失いたくないし、それに自分が処刑だってされたくはない。

でも。それでも。それよりも。俺は自分の心に嘘をついて、見ないふりをして。何もしないまま1週間後にこのお嬢様を死なせたくないと、思った。


「誰かに出すのなら、届けましょうか?」


「へ?」


その言葉に、お嬢様は目をぱちくりとさせた。


「お嬢様は言いましたよね。共に逃げてという相手がいたとしても。俺が処刑になるだろうから逃げないのだって。」


「え、ええ……。そう、ですけど……。」


何を言ってるのだ今更、といった顔をしたお嬢様に俺は告げる。


「俺のことを思うなら。あんだけ理不尽な目にあって。こんな粗末なとこで1人放り込まれて、髪切られたりと人道的な扱いされなくて。なのに諦めないってんなら。」


共に逃げるのでは未来がないというのなら。俺はあんたの生きる未来がみたい。


「せめて俺を、巻き込んでくれ。フラヴィア様。その手紙、絶対に届けてみせるから。」


「だ、だめです!!!!駄目ですよアルフレド!」


お嬢様は大声で叫んだ。そのあと小声で名前で!名前で呼ばれっ……!とかいう声も聞こえたが、気のせいだろう多分。お嬢様は顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振っている。


「貴方は真面目な兵士で。ばれたら処刑ものですわよ!」


「それで構わんと言っている。」


「私が良くないんです!!!」


尚、この問答は20分程続いた。大概このお嬢様頑固だ。俺はあの手この手で説得し、最後にどうせお嬢様とその一族の処刑が完了したら、世界会議から帰ってきた国王夫妻に処刑されるだろうと言ったらしぶしぶと俺を巻き込んでくれることを許容するのだった。全く頭トンカチめ、と俺が言うと。悪かったですわね!!ときぃきぃ叫んでいた。やっぱり、お嬢様は沈んだ顔より今の様な顔の方がいいと、俺は内心こっそりと思うのだった。


お嬢様から預かった手紙の宛先は、不思議なことに平民が住む場所宛であった。さらに言えば俺の家の近所のパン屋の、隣に店を構えている仕立て屋の娘に渡して欲しいというものだった。

俺は勤務が終わったら家路につく中で彼女が願った通りの場所に向かい、開店前の仕立て屋の扉をノックした。ここの家のおかみさんとは顔見知りだが、娘さんは病弱で外に出せない。年頃なのにねぇ。と、おかみさんが何時も客に愚痴を零しているのは有名な話だ。俺は少し赤味のある髪のおかみさんに、『知り合いから娘さんに』渡して欲しいと言われたと。手紙を手渡した。



一瞬、そのおかみさんが息を飲む。


それから、礼を言われて序に菓子を1袋貰った。如何やらチョコレートのようだ。これをお嬢様に渡したら喜ぶだろうか。などと考えながら家へと帰る俺の後姿を、おかみさんは複雑なような、何とも言えない表情で見送っていたのを俺は知らない。

所で。お嬢様はいったいいつ、おかみさんの娘と知り合ったのだろう。俺も近所だが顔をみたことがないのに。


俺は知らない。お嬢様が宛てた手紙の内容も。実際は娘さんなどおかみさんにはいないという、ことも。

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