閑話:仕立て屋の女主人のこと

緑豊かといわれるファルコニア国。その王都の城下町にて仕立て屋を営む女主人には別の顔がある。

元々は七十年も前。隣国ソフト―クスより王女の輿入れの際に同行した侍女の1人が職を辞した後に企業したのが此の仕立て屋というのが表の顔。自分はその3代目にあたる。裏の顔はというと隣国がこの国の内情を知るために市井にて潜むよう命じられた一族の1人というやつだ。詰まりは間諜である。だが、主な任務としては情報を送るだけではなく、この国に嫁いだ王女の家系が壮健かを観察するという役割もまたもっていたのであった。

ソフト―クスの国は滅多に王族を他国に嫁がせない。それは偏に自身らの血が他国に渡った際に利用されないようにという考えからきている。そのため3代前の王女が嫁ぐということはセンセーショナルを通り越して阿鼻叫喚だったそうな。

その際、4代前の国王は。娘を嫁がせる時に百年を区切りに娘の血族をそれまで見守るようにと自分の一族に命を出した。その結果。侍女としてついてきた祖母がこの国の仕立て屋のデザイナーと結婚し、仕立て屋を新しく開業してこの国に住み着くことになったのだった。


あと30年でこの役目ともおさらばである。少しでも自分の子にも同じような負担をかけたくないと、自分は独身を貫いた。血筋に関しては何も知らない妹夫婦が継いでいるからそれでご先祖様には許してもらおう。代々長子にのみ与えられたもう1つのお役目を担いながら、今まで暮らしてきたのであった。


さて、そんな平和で退屈な日常が崩れたのは。もう1つの顔として見守ってきた一族が、国家転覆罪で処刑されるという事件を耳にしたからだ。まさに寝耳に水。慌ててデスパイネの一族にコンタクトをとろうとするが繋がらない。更に処刑も30日後と早すぎるスピードで決定されたのを知ったのは。捕縛されてから7日後のことだった。ソフト―クスに鳥に文をつけて伝文を飛ばしたときには処刑日のことまでは市井には伝わっていなかったのだが、警備が手薄になったのかこのあたりでは珍しい鳥の足に結わえられた文にそのことがしたためられているのを見て、私は慌てて追加の伝書鳥を飛ばしたのであった。


その後頻回にはできないが、数日に一度鳥のやり取りを繰り返し。隣国から抗議のための使節団が派遣されると知った日のこと。処刑が1週間後に迫る頃のこと。

此の仕立て屋の近所に住む城の兵士が仕立て屋を訪ねてきた。

顔はよく知っている。孤児院の時から小遣い稼ぎにちょくちょく道路を他の年下の子らと掃除をしていたのを見たこともあるし、兵士の制服を仕立てるときに自分の仕立て屋を利用したことだってある。更に近所で顔見知りだ。

いらっしゃいと扉を開けると。その子が渡してきた手紙、そして『合言葉』に驚いたもんだった。


それは隣国の姫様の血筋の者が、影の我々に直接コンタクトをとるときに自身の使いであること、自身がコンタクトをとったのだと証明するためのものだった。

私には娘がいない。だが病弱な娘がいるようにふるまっている。『旦那役』として数年一緒に暮らした同じ一族の従兄もいたが、今はお役目ごめんで別の女性と再婚している。その結婚生活の中で生まれた架空の『娘』への伝言というのが今の代のコンタクトをとるときの暗号だった。尚、この暗号代がかわるごとに変化するのだがそれはまた別の話だ。


何にせよ。この子とデスパイネ家とにどんな繋がりがあるのかはわからない。が、

受け取った手紙を、近所のあの兵士の子が去った後に私は開ける。


「………!」


私は直ぐに伝書鳥を飛ばした。あと7日と悠長なことはいっていられない。そう強く強く、感じたからである。

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