閑話:悪役令嬢の独白

常に微笑みを称えながら奏でられる誉め言葉の中の真実を探れ。向けられる表情とおべっかは真実か?手を伸ばせば毒の皿の時があるかもしれない。友好国だけではなく、世界会議に訪れる際に色々な情報を得られるように。或いは友誼を結べるように諸国の言葉を覚えなければならない。令嬢のマナーと王太子妃、ひいては王妃となるべく者の教育は違う。ダンスよりも国のことを知るべきであり、王が倒れた際には一時期であっても国の面舵を取らねばならぬ。それには知識も覚悟も必要だと。


茶会1つとっても人脈作りだけではなく相手との要望のすり合わせ。茶を含む前に産地や香に言及し、教養と其方への興味を示しながら意図を探れ。

国の政に関わることも時には必要になる。戦になれば王の留守の宮を預かり先頭にたたねばならない。そう教育係には教え込まれたものだ。

おかげで私の表情筋はすっかり固まってしまったのではなかろうか。と述懐する。


未来の王を隣で支えるには、ただ愛を捧げるだけの者では足りない。側室なればそれでいい。でも王妃は王の妻であって妻だけではない、国と結婚するのだ。

私はこの国の貴族として、国と結婚するのだと齢10にて既に理解していた。

婚約者となった王太子が、あまりにも無邪気だったから。王太子という地位にあまりに無頓着だから自覚せざるをえなかったともいう。


刺繍だってしてみたかった。指が傷つく可能性があるため、名代で外交を行う可能性のある自分は固く禁じられた。婚約者に選ばれる前みたいに、思い切り木登りだって、庭の芝生を駆け回ったりだってしたかった。

全て、すべて犠牲にしてもそのまま凛と背を伸ばして。未来王配となれるよう努めたのは。家族の喜ぶ顔の為だった。自分のやりたいこと、したいこと。願い。それらをひっそり胸の中に隠しても。大事な人たちが生きるこの国を守りたかった。育て見守り、その笑顔がずっと続いていて欲しかった。


其処に愛はなかった。


未来の配偶者として敬意をもって応対していたのだが、王太子はそれが不満だったのだろうことは想像だに難くない。月に1度の茶会では、不満そうに紅茶を啜る眼前の者と過ごす時間は互いにきっと苦痛であったろう。

今にして思えば。心の歩み寄りが互いに足りなかったのではなかろうか。少なくとも私自身には、足りなかったように思う。

王妃教育は大変なのだと愚痴1つ零すこともなく。学んだ通りに王太子の話を傾聴するだけであった。時に意見を求められたなら、学んだことの中からの最適解を探して口に出す。其処に私そのものを知ってほしいという願いはあったのだろうか。


この様なことを考えるのは、処刑が決まったからなのだ。

後悔はしてはいない。してはいけない。愛をはぐくめる時間はあったのに、それを成すよりも自分は未来の王配としての習熟に重きを置いてしまった。

相手を知り、心を寄り添わせようとしなかった。そこがきっとあの男爵令嬢との違いなのだと思う。

あの令嬢は婚約者のある令息に声をかけるというマナー違反はしていても。王太子の心に確かに寄り添ってはいるのだ。と、腕を組んだりする姿を見せつける男爵令嬢を見ながら私は思ったものだ。


だからきっと、私は悪役令嬢。

愛という心同士を寄り添わせ、互いを唯一とする王太子と男爵令嬢にとっての邪魔者なのだ。

誓っていうが、我が家が国家転覆など企むわけがない。自分の一族の娘が未来の王配になるのにどうしてその必要があるというのだ。嵌められたとしか思えない。だから私に残された道は1つだけだった。悪役令嬢であってもせめて最後の砦である家族を守るために。彼らが我が血筋のもう1つのルーツである隣国に助けを求めやすくするように。日々脱出計画をたて、実行することにしたというのに。


『何時もみたいに堂々としてくださいよ。貴女は何も間違っちゃいない。』


私の、手探りで、精一杯で、間違いだらけだったかもしれない。今までの歩んできた道を。初めて肯定してくれた人の声を繰り返し思い出している。

ずっと見てきた。ずっと見ていた真面目な、誠実であり続けるあの人が。

私自身を。フラヴィアを肯定してくれた。

婚約者を得ても心を寄り添わせることよりも、国の為にと一心不乱になり。精一杯であった愚かな娘であったのに。


それでもあなたは、まちがっていないというのでしょうか。

ねえ、アルフレド。

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