21日目

お嬢様が処刑されるまであと10日を切った。俺は勤務のために北の塔に向かう前、上司の所に足を運んだ。丁度帰宅するところであったのでタイミングがずれてしまえばまた明日に足を向けねばならぬところだったので助かった。上司は休みの直談判をしに来たのだと思ってか、俺に対してこの任務が終われば1週間の休みをやるから!と拝み倒すように手を合わせた。そんなに人気ないのか、この任務。というかどうして自分ともう1人の見張りの兵士が選ばれたのだろうか。理由を尋ねたところ。


「一番真面目なお前と、ほら、あいつはあれだ。一寸モテるからって毎日化粧の匂いを引っ付かせてきてからに。きつい任務を与えれば少しは性根が座るかなと」


つまりあいつへの妬み半分なのか。と得心した。だが、上司よ。彼はあの任務になったことで見張りの時間を睡眠にあて、勤務外をパン屋の看板娘らとデートしているのでその目論見は大外れだと俺は思う。平謝りする上司に、気にしていないことを告げればほっとした様子を見せた。その上司に。俺は尋ねるのだ。


「あの、1つ伺いたいのですが。俺が今回見張るフラヴィア=デスパイネ公爵令嬢は、デスパイネ家の国家転覆罪での一族の連座での処刑ですよね。こんな大事なこと、国王様達が世界会議から帰ってくる前に実行してしまって大丈夫なのでしょうか。」


知らなかった国王激怒からの俺、見張りしていたからって処刑とかされませんよね。と。保身を前面に出しながら。俺は何とか遅延できないかと上司を見る。

上司は困り顔で、そうなんだよなぁと溜息とともに説明した。


「これはここだけの話だが、王太子と宰相の独断だからなぁ。それもあって誰もやりたがらぬ任務でな。ほんとすまん、もし何かあっても処刑だけは回避して貰えるようには上に言っておくから。」


全然信用できないし、言ったとしてもダメなような気もするが。それでも凡その今の状態は把握できた。俺は一先ず了承したことを伝え、北の塔へ向かうのだった。


********************************


「ふん、ふん!」


お嬢様は今日も絶好調である。ひたすらスクワットをしているのだが、俺のアドバイス通りに足を開きしっかりとした姿勢で行っている。ところで、お嬢様。一生懸命なのは見ていてわかるのですが、その力一杯気合を入れた表情は、窓の外に向けておいた方がよいと思います。鼻の穴が見えますお嬢様。まぁ見えていても微笑ましくはあるのですが、ただの1兵士に見られたくもないのではないかと思う次第である。


「大分上手くなりましたね。」


と、俺が声をかけると、お嬢様は満面の笑みでそうでしょう?と自慢気に言う。

この分なら幽閉されたとはいえ、そこまで筋力は弱まらないのではなかろうか。だったら、だったら。処刑の日までに逃げて、そして国王夫妻が帰るまで何処かに隠れ潜むことができれば。などと考えていたら、兵士?と呼ぶお嬢様の声。


「えっ、は、はい。何でしょう。」


「……昨日から何か変ですわよ。何かありまして?」


何時もの貴方らしくない、と言われればぐうの音もでない。実際指摘通りなのだから。


「何もありませんよ。でも、そうですね。もし貴女に惚れた誰かに、一緒に逃げて欲しいとでも言われたら。どうします?」


それこそ貴女の望む処刑からの回避で、脱出でしょう。そんなことを詮無く尋ねた俺に。お嬢様は笑んでいう。


「お断りしますわよ?だって、それだと見張っているアルフレドが私の代わりに処刑されますわ。だから、その人には申し訳ありませんが断ります。」


俺はその言葉に一瞬息をのんだ。飲んで――はた、と気づいた。まってくれ、その断り文句なら。それじゃあまるで。

ということにならないだろうか。

少しだろうが顔の強張った己を見てか。お嬢様は微笑みを称えながら格子越しに指を伸ばす。今は話しかけるために格子付きの扉に近づいていたからお嬢様の指の先は、俺の頬を撫でて。


「ねぇ兵士。私諦めませんのよ。絶対に脱出して見せますから。」


そういって、笑うのだ。なぁ、逃げた後残される俺の心配をするのならどうしていっそ巻き込んでくれないんだ?いや、1兵士ではお嬢様、あんたとの距離は遠い。こんなに近いのに、近くて遠い。


一緒に逃げてくれ。俺と、一緒に逃げてくれ。

その一言が言えたなら。どんなにか。

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