20日目

「ひどい顔でしてよ、兵士」


勤務時間になり、階段を昇っていつもの扉の前に歩を進めた俺に対して、お嬢様は開口一番そういった。

そんなに酷い顔をしているのだろうか。寝不足が不愛想をより凶悪にしている、ような感じではなかろうかと自分で自分に言い聞かせた。


「そうですかね。」


「そうですわ。」


彼女の左一房、長い髪には不格好なままの蝶々結びのブルーリボンが揺れている。お嬢様は一度、ふんすと鼻息を吐き出して。


「でも、疲れているのはわかりますわ。何せ貴方休みの日がありませんからね。もう1人もですけど。でも不思議ですわ。10日間働いたら必ず休みがとれるのではなかったかしら?国に仕える兵士は。」


「ええ、普通はそうですね。今回は特例ですけど。」


それ以上は伝えると職務規定違反になるだろうし、口を噤む。兵士の勤務規定に明るいのは王妃教育を受けてた一環なのだろうか。国を富ませ、配偶者に寄り添おうとするための努力をした証の一端を見た気がした。

ところで。お嬢様は何をしているのやら。俺の話を聞きながら何やらごそごそとしている。取り出したのは、ああそれ、ドレスに付属していた細工物の1つか。蔦を巻いて螺旋状にしているような意匠の鋼に、銀でコーティングしたもののようだ。先端が尖っていたのだなぁと知ったのは、それをドアの金具に叩きつけて伸ばしていたからである。もったいない。


「何をしてるんですかお嬢様。」


「あ、気づきましたの?」


そりゃあそうだ。目の前でガンガンドアに叩きつけているんだから気づかない方がおかしい。お嬢様はドヤ顔で説明し始めた。


「私は考えましたの。この扉の閉鎖は、扉の外付けではなく、扉そのものにカギをかける機能をつけてありますわ。」


「そうですね。」


「南京錠でないのなら話は早いですわ。扉をピッキングしてしまえば、私は夜の闇に紛れて堂々と脱出できるというものです!」


「南京錠だとそもそもその針金が届きませんもんね。ところでお嬢様。」


俺は彼女に至極冷静に突っ込んだ。


「そもそもカギを開けて脱出したとしても、見張りがこう、立っているわけですが。

扉の向こうに待ち構えているのですがそこはどうお考えで?」


「ふ、今日の私は一味違いましてよ。当然織り込み済ですわ!」


ほほう、どのような。俺は傾聴しようと彼女の言葉に耳を傾けた。


「今日の兵士は疲れているようですわ。ならばぼうっとしている隙を狙えばほら!」


ほら!じゃない。流石に疲れていてもぼうっとはしない。俺は勤務には誠実なのだ。それは兎も角として。


「ところでお嬢様。お嬢様はカギを開けられる前提で話を進めていますが。」


「勿論ですわ!!」


「この扉の鍵、かなり複雑ですよ?腕のいい盗賊位しか開けられない気がするんですが。」


「えっ。」


お嬢様はカギ穴に針金を入れて、何やらガチャガチャとしている。


ガチャガチャ……ガチャガチャ……ガチャガチャ……ガチャガチャ……。

ガチャガチャ……ガチャガチャ……ガチャガチャ……ガチャガチャ……。

ガチャガチャ……ガチャガチャ……ガチャガチャ……ガチャガチャ……。

ガチャガチャ……ガチャガチャ……ガチャガチャ……ガチャガチャ……。

ガチャガチャ……ガチャガチャ……ガチャガチャ……ガチャガチャ……。

ガチャガチャ……ガチャガチャ……ガチャガチャ……ガチャガチャ……。


ぺきん!!

鍵穴から最後引っ張り出したときに、針金が嫌な音をたててへしゃげた。

お嬢様はぐぬぬ、と顔を真っ赤にして再びチャレンジを……。


「おやめくださいお嬢様、今外で折れたからよかったですけど。針金が鍵の内部で折れたらご飯も差し入れることが難しくなりますよ!?」


何せ格子付きの扉である。格子の間から差し入れられるのはせいぜいちぎったパンくらいではなかろうか。当然体を拭くための湯の入った桶も難しい。

お嬢様は暫し考え、そっと鍵穴から針金を遠ざけるのであった。

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