19日目

「兵士!兵士似合いまして?」


お嬢様は黒髪の鬘を被って、俺にどうかとぐいぐい聞いてくる。とても素晴らしい笑顔であることは追記しておこう。


先日お嬢様から下賜された、あの問題児王太子に切られた髪を。俺は街の鬘屋に行って鬘にしてもらっていた。勿論染粉を使って黒色にして貰っている。

黒にした理由は単純だ。ただ、お日様みたいな髪を隠すなら夜の帳の中が良いだろう。といった思いつきだ。それに、お貴族様には金色やら銀色やらの色素が薄い色合いの髪を持つ者が多いが、濃い茶や黒など、平民は色の濃い髪が多い。かくいう俺も例に漏れず濃い茶色である。

もう1人の同僚は貴族のご落胤の血をひいているんだとか。なので赤毛であるため、街の女性からはとてもよくモテている。捥げればいいのにと彼女なしの俺は、デートに行くのだとさっさと退勤する姿に毎回思っている。閑話休題。


さて、鬘をもらったお嬢様は満面の笑みを浮かべていた。お年頃のお嬢様が喜ぶものが鬘。それでいいのだろうか。いや、脱出計画が1歩近づいたというのなら喜ぶのも当然だろうが、脱出されたら首が物理的に胴体とお別れする俺としては何とも言えない思いもある。

ただ、嬉しそうに笑うお嬢様は。先日髪を無残にされた時の様子よりずっと自然に、朗らかに笑っているため、まぁいいかと思う俺なのだが……。


「ねぇ、兵士、兵士。アルフレド。見てますの?」


「勤務中ですからアルフレドはおやめくださいお嬢様。」


「そこは今突っ込むところではありませんわ!だからほら!この!これ!」


お嬢様が鬘をもって喜んでいる間に格子付きの扉は閉じてカギをしたため、現在は格子付きの扉越しで彼女と対面している。というか格子に精一杯近づいて見せようとするのはおやめくださいお嬢様、鬘が脱げますよ。


「見てます、見てますからどうどう。」


「……。」


お嬢様はじっとこちらを見ている。見ているかと聞いてみているといった。それ以上に何を待っているのだろう。

お嬢様はしびれを切らして、似合うかどうかを尋ねてきた。


「えー、ああまぁ。元々はお嬢様の髪ですし似合わないわけはないです。」


「貴方がくれたものですのに、随分淡泊なんですのね。」


そこで何故拗ねた声を出す。俺はじっと彼女を見る。お嬢様はじっと見つめる視線に気づいたのか。何処かそわそわしながら俺を見返す。


「いや、だって。似合いますけど俺としては。金色の髪のお嬢様が一番……。」



俺は何を言いかけた?



思わず口を噤んだところ、お嬢様は格子をつかんでがたがたしている。はしたないですよお嬢様。


「一番!!一番何ですの!?」


「何でそこまで食いつくかなぁ!?」


手が錆で汚れるからやめなさいお嬢様!!俺はよいしょと白い手を格子から引き剥がして。


「一番、貴女らしいってだけです。」


「そ、そうですの。」


何とも微妙な表情をするお嬢様。俺はこほんと1つ咳払いをして。


「ともかく、お嬢様の脱出計画が1歩前進してよかったですね?いや、脱走はさせませんけど。黒髪だったら顔を見せなければですけど、誰もお嬢様とはわからないと思いますしね。」


「ええ、そうね!!」


お嬢様はポジティブシンキングだったのか、すぐさま微妙な顔から自信満々のどや顔になった。より入念なプランを立てなければなりませんわ!!と気合を入れているが、そろそろ自分のポンコツな部分に目を向ける必要があるのではないかと俺は強く感じている。


だから俺は聞き逃してしまったのだ。


「誰もわからないのなら。もし脱出できたなら黒髪の私とアルフレドが市街を歩けるかも。その時はお似合いとか言われるのかしら。」


そんな、叶えられることはないであろう未来をお嬢様がふと零したなんて。

貴女もまた、知らないし知ることはないのだ。俺が言いかけた言葉を。


金色の髪のお嬢様が一番綺麗だと思う。と。

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