18日目
お嬢様の左だけ一房残された髪が微かに揺れている。彩るブルーリボンが不格好な蝶々結びなのは大変申し訳なく思う兵士が俺である。仕方ない、女の髪など手入れしたことがないんだから。……いや、言い訳にはならんか。
メイドにでも結びなおしてもらえばいいのにと思うのだが、お嬢様はこのままがいいと主張して結局そのままである。絶対メイドに手直ししてもらった方が綺麗な蝶々結びになるのに。俺は不思議に思うのだった。
さて、本日のお嬢様は切られた髪をせっせこ集めている。染粉がない、ない!と叫んでいるのだが一体何をするつもりなのやら。
俺は扉の格子越しに眺めていたのだが。視線に気づいたお嬢様が俺を呼ぶ。
「兵士!兵士!!染粉持ってませんか?金色以外の!」
「そんなの常備しているのは誰もおりませんし、ロッカーに置いているのも白髪の目立ってきた部隊長だけかと。ところで。染粉を手に入れて何するつもりですか。」
というか染められるのだろうかこのお嬢様が。染料って一度爪に入ったら2週間は退かないと上司の部隊長が愚痴っていたんだが。
「私はこれでかつらを作りますの!」
ばばーん!と取り出したのは先日王子に切られたお嬢様の髪。ゆるくウェーブがかかったそれは少し脂ぎってはいたが十分かつらには使えそうな長さと美しさを備えている。しかしかつら。ストレスで円形の禿でも……。
「はげてませんわよ?」
えっ、何で何も言わないのに言いたいことが分かったのか。俺は訝しんだ。
「……貴方の不審そうな目を見たらいいたい事くらいわかりますわよもう!で、ですね。私はこれでかつらを作るんです。できれば金と違う色の。」
「ふむふむ。」
このお嬢様意外と人物観察に優れているのだろうか。普段あんなにポンコツなのに。
「また失礼なこと考えられている気がしますわ……こほん。で、短髪になる予定のかつらを作ったら被りますの。」
「ほうほう。」
「えっデスパイネ公爵令嬢はどこ?からの華麗なる脱出!!ですわ。髪には切り落とされてもこういう使い道があるんですのと閃きましたわ!」
どやぁとするお嬢様、流石だ。転んでも傷ついてもただでは起きないポジティブシンキング。嫌いではない。
「でもどうして俺に言っちゃうかなぁ!?」
それ聞いたら染粉も渡せない没収もしなければならないじゃないか!!俺は叫んだ。
とはいえだ。没収したお嬢様の髪はどうなるのか。多分好事家かかつらを所望する貴族に高く売れるのではないだろうか。お嬢様が生きた証になるのが剥げのお貴族様のかつらだけというのも何とも言えないシュールさだ。俺は大分悩んで。
「没収はしないからどっか隠してくださいね。その切った髪の毛。」
誰かの禿を貴女の髪の毛で隠したいならそのまま出しといてください。というと。お嬢様は暫し考え、俺に手渡してきた。そんなに禿のかつらにしたいのか?
「長い髪の毛は売れると聞きますし。あ、飴のお礼にでも差し上げますわ!」
いや、貰ってもどうしようもなくないか?俺。売るにしても足がつくぞと言いたかったが。まぁ、その、なんだ。
確かによくよく考えたら没収しなくても切った髪を放置したまま過ごしたくはないよなぁとも思い至ったわけである。
ひとまずは何とも言えない顔をして受け取って。俺は勤務が終わってからカツラを作る店に持ち込んでおいたのだった。
「いらっしゃいませ。本日はどんな用件で。」
「阿呆な子がかつらを所望してるみたいでな。これを黒に染めて短髪のものを作ってもらえないだろうか。」
脱走はさせない。させたら物理的に俺の首が飛ぶ。けれどまぁ、な。
誰かのかつらにするよりかは、最初の彼女の所望した通りの鬘を作り、返しても良いだろうと、気の迷いを起こしただけだ。
翌日渡したらどんな顔をするだろうと思っていたのだが。
似合いまして!?と凄くどや顔をしてきたため、俺は溜息を吐いて返事にかえることになったのだった。
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