16日目
お日様が眩しい。というかそろそろ昼の時間なのだけれど。俺の交代時間は朝だったはずなのだ。筈なのだが、来ないんだよなぁもう1人の見張りの兵士が。交代要員が。
デートの後飲みすぎたか何かで寝過ごしているのだろうか。このままでは俺の朝と昼飯がないまま夕方が来てしまうという事態になるのだが。
お嬢様はちらちらっと俺の方を見ている。少しだけ目を瞬かせたあと、何か言いたげにじっと。見つめている。
俺はその視線を感じながらも、反応しないようにしていたら。視線がどうも顔に集中しているようだ。5分位だろうか、そのままだったので俺は振り返って。
「何か御用ですか?」
「わっほぉい!?」
どんな驚いた声だそれは。俺は訝しんだ。用事があるのではないのかお嬢様。
「違うのなら失礼しました。では。」
「あ、あのですのよっ!!」
お嬢様、何か言いたげに俺を呼び止める。俺は彼女の方を再び向くと。
「貴方、眠くないんですの?大丈夫……?」
おや意外だ。俺の睡眠時間の心配をされてしまった。欠伸をしたつもりはないのだがと考えていると、お嬢様はだって、と。
「だって兵士。貴方の勤務の終わりはもうとっくに過ぎているのでしょう?」
手弱女の指が示す窓の外。お日様はもう過ぐ南の空に浮かぼうとしている。
そうだな。もう1人が来ないから仕方ないな。あいつ本当に何しているのやら。
「まぁ、交代要員が来るまではここで見張りですね。」
「じゃ、じゃあ。ですね。今は勤務時間じゃないのでしょう。……だったら、兵士。私は、貴方の名前を……。」
名前を?と首をかしげていたら、コンコンと階段を昇る音。石畳の階段から現れたのは同僚だった。お嬢様はぱっ!と視線を窓の外に遣った。変わり身が凄いな?
「いやー大変だったんだよ。キアラちゃんとクララちゃんが鉢合わせて修羅場になったもんでな!」
「お前ほんと悪びれないな!?」
せめてごめんか悪いの一言でも言えよ!!と俺がジト目で睨むと、ごめんごめんと言われた。何か軽いけど仕方ない。俺も眠いからこれで交代……。
「で、キアラちゃんと今日埋め合わせデートするからできるだけ早く来てほしいなーって。」
「お前本当に一度頭を地面に埋めて来いよこの野郎。」
とこの馬鹿に言いつつも、仮眠の時間を削っていつも通り早めに来てしまうのだろう俺も相当な馬鹿かもしれない。
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夕方。早めに来たらあいつはまた詰め所で着替えているところだった。一度地面に埋まらないかな。あいつの頭。
お先!とさっさと詰め所を後にする同僚の階段下る足音を聞きながら、俺はいつも通りに階段を上に昇り、侯爵令嬢様が幽閉されている場所へと向かうわけだ。
お嬢様は今日は死んだふりか筋肉痛で動けないふりなのか。とても突っ込みどころが多いポーズでベッド上でぴくぴくしている。チアノーゼも出ていないし、ちらちらと此方を見ていたらバレバレである。
俺はそれを懇切丁寧に演技を続けるお嬢様に指摘したところ、ぷくっと頬を膨らませてお嬢様は体を起こした。
「くっ、演技力を磨かねばなりませんね……。」
「磨いてもちらちら見ていたらばればれですけどね?」
尚、恒例のお嬢様の説明では。あれはカチカチのパンが喉に詰まらせてしまった自分に慌てて、俺が医者を呼ぶ隙に脱走する。
……ための演技だったそうな。たとえ素晴らしい演技だったとしても夕食は1時間後なので、一体何時のパンだと突っ込みたい。が、まぁそれは追い打ちになるので言わないでおこう。
お嬢様は頬を膨らませている。よくもまぁ16日もあの手この手で脱走しようとするものだ。俺はある意味では感心していた。
お嬢様の爪を見る。紅真珠みたいに美しかった爪は今はぼろぼろで、髪だって冷めた湯ですすいだとはいえ丁寧に整えられていた頃とは随分違い、薄っすら油が浮いている。それでも、青く美しい瞳だけは光を失わず真っすぐだった。
諦めず、己の矜持を曲げない姿は、貴族だからというのではなく1人の人間として、しゃんとしていると俺は思う。
本来の勤務の開始はあと5分後である。俺はぽつ、と言葉を落とした。
「アルフレド。」
「へ?」
「俺の名前ですよ。デスパイネ公爵令嬢様。」
お嬢様は一瞬ぽかん、と口を開け。瞳は真ん丸ブルームーンの様にして。はしたないですよ?と付け加えると、途端にあわあわしはじめた。
「い、い、いきなり何ですの!!!」
「あと3分は勤務時間じゃないので。あ、あと2分ですね。」
俺は懐の中から錆びかけの懐中時計を取り出す。これは兵士としての採用が決まり、孤児院を出るときに院長から貰ったものだ。何度か修理に出しつつ大事に使っている。
お嬢様はあーだこーだと何やら呻き声をあげていたが。此方を向いて。
「兵士、いえ、アルフレド!私は……」
「あ、勤務時間になりましたので呼びかけは兵士でお願いしますね。」
お嬢様はぺちゃんこの枕を投げてきた。枕は当然、俺とお嬢様との間にある格子付きの扉に跳ね返って、ぼとっと床に落ちたのだった。
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