15日目
今日も夕方から勤務の俺は、職場に行く道の途中にあるパン屋で立ったまま食べれる硬いパン1つ購入し、木筒に水を入れてから職場に向かう。温かい肉入りスープや白パン、しゃきしゃきのサラダなんてのは貴族様の食べ物である。サラダに関しては時折食べられるが、大体が収穫した後税として上にぶんどられた分と形の奇麗なものは市場で売られ、形が悪く売れなかったものを近所の農家からおすそ分けしてもらうといった形で手に入れたものだけだ。1人暮らしというのはなかなか金も貯まらないし更に自分のような孤児出身は他の同僚と比べ薄給なのは世の中の常である。
嘆いても生まれも育ちも変わらないなら、ただ誠実にあれ。俺が常にそうあろうとしているってだけで実際はできていないかもしれないが。
さて、今日も詰所でもう1人の見張りの兵士とすれ違う。だからお前まだ勤務時間残っているだろうと突っ込むと、
「いやー、今日はちょっとデートで。パン屋のクララちゃんにオッケーもらってるんで。」
「またかよお前。お前。」
パン屋のクララというと俺がいつも夕食を買うあのパン屋の看板娘ではなかったろうか。よくあの腕が丸太のような店主の目を掻い潜れたなとも思うし、お前花屋のキアラちゃんはどうしたよとも思う。が、それを言葉にする前に、高速で着替えた同僚は脱兎の如くして詰所を飛び出し、階段を下りて行った。
階段を昇り、今日も格子のついた扉の前で立つ。今から夕餉を持ったメイドがやって来るまでは、この場所にいるのは扉を挟んで俺とお嬢様の2人だけである。
今日もお嬢様は何やら脱走計画を練っているようだ。ベッドの上に座り、なにやら唸っている。
俺としては食事を運んでくるメイドを人質に脅したり、もう1人の見張りの兵士を色仕掛けしたり等、取れる手段を選ばなければこの塔を抜けやすいものはあるような気がするのだが。それでもこのお嬢様は自力で脱出するのに拘り、誰かを巻き込んでの脱出をしようとはしない。序に脱走計画を俺にべらべら毎回しゃべってしまうポンコツぶりを発揮している。
「ううううううん………。」
あ、ブリッジしはじめた。昨日は多めに湯をもらっていたから洗えたのだろう御髪は、最初の頃の滑らかなものまではいかないものの脂ぎっておらず柔らかくベッドに散らばっている。……ブリッジしすぎて今なんか変な方向に体が曲がらなかったか?
「あがあああああ!」
「お、お嬢様!?い、医者ぁ!!!」
腰をぐっきりやったお嬢様は悶絶していた。俺は夕食を丁度運んできたメイドに医者の手配を頼んだ。
******************
「この後日課のスクワットをする予定でしたのに……あいたたた。」
「ベッドなんて場所でブリッジするからですよ。」
階段をえっちらおっちら昇ってきた初老の医師により、腰に湿布を貼ってもらったお嬢様はベッドでぐったりしている。いい加減返してもらいたい毛布を下にして、ごろんごろんしながら時折呻いていた。
数日前スクワットの仕方を教えたのだが、このお嬢様毎日欠かさず行っている。終わった後のストレッチも教えたほうが良かったろうか。俺は少しばかり首を傾げた。
「それでも体を鍛えて無駄になることはありませんわ!」
「それはそうですけどね。」
俺はそう言って見張りに戻る。そういやお嬢様コルセットは初日に部屋の隅にひっそりと着てきたドレスと一緒に放置しているけど、あれ着けていないで大丈夫なのだろうか。女性の衣装とやらはどうにも男の俺にはわからない。
「きょ、きょうは筋肉の休む日にして明日から再開ですのよ……あいたたた。」
お嬢様は体を痛めてもポジティブさは失わない。それは彼女の美徳でもあり、来るべき時に抗う愚かさでもあるのかもしれない、が。少なくとも俺はその姿勢は嫌いではない。俺は今日も見張りとして扉の前に立ちながら彼女を見守るのである。
願わくば奇跡でもおきないか、などとらしくもないことを考えながら。
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