12日目

俺がもう1人の見張りの兵士と交代した頃は曇天であったが、半日後の勤務のために仮眠をとるべく自宅に戻った頃には、すでにぽつぽつと雨が降り始めていた。

雨が続くようなら、洗濯をしても乾かすことが難しい。いや、乾かすのは陰干しでできるのだが臭いがね。独身男性の自分としては気になるのだ。まぁ、臭いに気を付けたとしてもモテやしないのが1兵士の悲しい定めである。親が健在とかなら親戚やらの繋がりで縁談の1つでも持ってきてくれるのだろうが生憎物心ついた頃には施設育ちの自分はそういった伝手もない。冷えたスープに固いパンを浸して食べたら、夕方までごろんと布団に転がり、寝ることにしたのだった。


**********************


夕方近くに目を覚ますと、未だ雨は降り続いていた。これは明け方まで続く予感がする。俺は暖をとるための上布団を持っていくことにした。これを被って見張りをしようというわけだ。だって吹きさらしで寒いのだ、あの格子扉の前って。


今日も定刻より早く来たが、それでももう1人の同僚は既に帰った後だった。本当にこいつ何で首にならないんだろう。俺は訝しみながら階段を昇っていくと……。



お嬢様、ベッドで膝を抱え縮こまりながら震えていた。石の枠で覆われた窓には当然ガラスも遮るものもないわけで。雨が風とともに吹き込んでいる。ベッドの手前位までは、水浸しであった。がちがちがちと歯を鳴らす音がする。

俺はぎょっとして、思わず格子越しに話しかける。


「ちょ、お嬢様大丈夫ですか!?」


「へへへへへいしささささささむいいいいいいいい……。」


白の粗末なドレスだけでは寒いだろう。布団も薄手だし濡れていた。シーツは先日漸く差し入れされたからあるがやっぱり粗末で薄い。この部屋にあるのは机とベッド程度しかない。つまり彼女には暖を取る手段がない。

俺は再び不敬だが失礼しますとばかりに扉を開けて、毛布を差し入れた。


「あーもう、こんなに冷たい。あのアホ……もう1人の見張りが難しいなら、食事運んでくるメイドとかに厚手の布団の差し入れとか頼まなかったんです?」


「むむむむりよむりぃ……あ、あったかぁですわ……。こほん。どうせ王太子に邪魔されるに決まってますわ。」


「ああ、なるほど……。」


苦しんで死ねと直接面と向かって暴言吐かれてるから、彼女がそう思うのも無理はない。が、普段の破天荒な面を見ている身としては、もう少し我儘でも何でも使って、体調を万全に整えるべきではとも思ってしまうのであった。いや、我儘全てを許容していたら俺の首が物理的に飛びそうではあるけれど。


「俺がメイドに言っときます。王太子もまさか見張りの兵士の願いまでは阻止しないでしょうし。」


「じゃ、じゃあお願いします、わ……。」


お嬢様も半日も寒い思いをしたのだ、流石に身に染みていたのだろう。素直に俺に頼むというので食事を運んできたメイドに言づけて、暫くは毛布をお嬢様に貸して俺は見張りを続けていた。


数十分後、メイドが俺の渡した庶民が使う超安物よりもあたたかな毛布を持ってやってきた。俺はそれをお嬢様に渡すのだが……。


「……あったかいのもきましたし、その毛布返してくれませんかね?」


「えええ。私これ気に入りましたのよ。ジャストフィット。」


ジャストフィット、じゃない。それは俺の毛布だ。更に言うと俺が吹きさらしの勤務場所で雨風を防ぐためのものである。つまり返してお嬢様。


「やーですわ。やーでーすーわー!」


「やーですじゃない!!いい子だから返しなさい俺が風邪をひく!」


先程もう少し我儘でも何でも使って、体調を万全に整えるべきではと思ったことを撤回する。そんな我儘は要らない。ポイしてきなさい!あったかい毛布あるでしょう!!


いやいやするお嬢様、返して欲しい俺。とはいえ毛布を力任せにはぎとるわけにもいかない。相手はか弱い女性なのだ。いくら珍獣めいていても。幾ら破天荒でもである。


「返さないっていうのなら手段は1つ!俺もその布団の中に入って見張りますから!」


「できるものならやってみたらよろしいですわ!!!」


売り言葉に買い言葉。多分俺も寒くて頭が珍獣になっていた。実行してほかほか体が温まってきてから俺は自分がしたことがとてつもなくやばいことに気づいた。どうしてこうなった。どうしてこうなった。


だが、お隣のお嬢様は凄く体が冷えていて。振戦が触れる肘越しに伝わる。つまりこの薄手の毛布1つを手放したくない程、彼女は寒さの限界だったのだと俺は気づいた。……仕方ない。朝まではむくつけき湯たんぽになってやろうではないか。美形やらでないのは勘弁してほしい。

お嬢様はがちがち震えていたが、そのうちそれも止み。うとうととし始めた。俺はそれまでじっとして無言でお嬢様の隣で一緒に布団を体育座りで被っていた。

やがて、自分の肩に凭れ掛かる重さと、すやすやという寝息が聞こえ始める。俺は戦った。睡魔と戦った。どうして近くで誰かが寝ると釣られて眠くなるんだろう。


雨は夜更けに止めど、冷えた空気は日が照るまでは続く。

朝日が昇る頃まで、俺は眠るお嬢様の隣で無言で眠気に耐えていた。

勿論、お嬢様が目覚めたらさっさと俺の毛布は回収して、見張りの仕事に戻るつもりだったが、奴め何だかんだ理屈をつけて俺の毛布をかっぱらっていった。


今日の帰りに毛布買って帰らなければ。へっくしょん!!

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