13日目
新しい毛布の購入という俺の財布から臨時支出があった翌日。見張りの任務に就いた時にはお嬢様はというと元、俺の毛布を被ってベッドの上をごろごろしていた。元とつけているが所有権を手放すことを了承はしていないので、早く返してくださいませんかねお嬢様。
お嬢様はごろごろっとしながら何かを考えているようだ。時折足をばたばたさせている。はしたないですよお嬢様。
やがて、ぴーん!ときたのか。俺にいつものどや顔で話しかけてきた。どうでもいいけどごろごろしていたから下着見えてますよお嬢様。足を閉じてくださいお嬢様。
「兵士!私考えましたのよ!」
「何をですか。」
いつもの脱走計画であろう。序にどこかポンコツなやつなのだろうと俺はこの十数日を振り返って遠い目をした。
「昨日は雨がすごかったですわね!そ、その……感謝してますのよ?あたたかかったですわ。」
「感謝しているならいい加減その毛布返してくれませんかね……。」
お嬢様は俺の願いを華麗にスルーして、計画の続きを話し始めるわけだ。だからほんと返してくださいってば。
「そこでですね!私ははっと天啓がおりましたのよ。あれだけ風と雨が吹き込んでいたら私が風邪をひいてもおかしくないですわね。」
「実際は俺の毛布で風邪もひかずぴんぴんしてますけどね。あと返してくださいってば毛布。」
「だから、私は風邪をひいたのですわ!そこでやってくるお医者様。それを締め落として脱走する私。完璧でしょう。」
「メイドを締め落とそうとした時と発想が全く変わってないのが悲しいとこですけど毛布返して下さいってば、毛布。」
あと、それ俺が協力すると思ってるんです?と尋ねると。お嬢様は上のほうを見上げて視線をきょろきょろ。暫し無言の後。
「ごほごほっ、私昨日から調子が……。」
「元気に布団の上を転がっているのを俺は目撃してしまったんですけどねぇ。」
つまり無駄無駄むだぁ。病弱というか風邪をひいた様子を見せたいならどうして本日俺が階段を昇ってくるまでにしなかったお嬢様。俺は残念な子をみる視線を彼女に向けた。
お嬢様はむくれた様子で、しぶしぶ風邪の演技は止めたようだ。どうして騙せると思ったのか、俺は不思議で仕方ない。
「こほん……で、では食中毒で倒れて大変だ!!すぐお医者に見せなければ!とかはどうでしょう!?」
「どうでしょうって俺に聞かれても……。いや、まぁそれなら考えられなくはないですけど、そのかわり。」
「その代わり?」
「食事を運んでいたメイドが首になりますね。物理的に飛びます。」
処刑が命じられたとはいえ基本的にデスパイネ公爵令嬢は貴族である。有体にいえば貴族を殺そうとした罪を王太子らにひっ被らされて処刑されるでしょうねと。俺が言うとお嬢様はすん……とした顔をして、この計画はなしですわ!!と宣言した。
基本的にこのお嬢様、どうも他者が罪を被ることに関して忌避していそうな感じはある。今まで取った手では自力で脱走しようというものが兎角多かった。その計画のポンコツ具合は置いておいて、だ。
つまり、誰かに脱走の切欠を見出すことはあっても、その人に協力を頼んで共に脱走しよう、としたことはないのだ。それを誘うこともしていない。
昼間の様子を聞く限りではほぼ、もう1人の見張りの兵士にはノータッチなのだろう。俺の勤務の際にどや顔で脱走を仕掛けようとするよりかは、割合不真面目なあいつの勤務の時のほうが脱走しやすい気がするんだが。
俺は溜息を吐きながら苦笑する。このお嬢様は何を考えてるかわかりやすいようでわからないけれど。少なくとも俺らを積極的に巻き込もうとする底意地の悪さなどはない。高位貴族特有の傲慢さというのも、ないような気がした。
だからこそ。少し思うところもある。金でも何でも使ってもっと待遇がいいように取り計らいを求めればいいのに。或いは嘘でもあの王太子や男爵令嬢に頭を下げていたらもっとましな生活だって処刑までの間出来たはずなんだ。
それをしなかったのは、彼女の高潔さからなのか、あるいは不器用さからなのか。若しくは何か思惑は……ないだろうな、先ほどのどや顔から見て。
「はぁ、その毛布返さないというのなら。本当に風邪をひかないようにしっかり包まって寝てくださいね。」
多分俺は彼女を知らなかった頃には戻れないんだろうなと、ふと思った。罪状は理不尽だとも思うが1兵士が王太子と宰相らが決めた処刑を覆すことはできない。それは理解しているけれど。
それでも。絶対にそうは言わないけれど。カギを外しておくから逃げても構わないと告げてしまおうか。と、ふと気の迷いのような想像をしてしまう位には。
このお嬢様に情が移ってしまっているのであろう。俺は。
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