閑話:公爵令嬢様は窓の外を見る
窓の外を見る。今日も朝日が石の窓から注がれている。
硝子もなく吹きさらしの窓が開けっ放しなのは、慈悲のナイフ以外の自ら命を絶つことを願われている為の造りなのであろうか。真実は建設を指示したこの国の嘗ての王に聞かねば分からぬことであろう。
格子扉の前には、見張りの兵士が1人いる。欠伸を1つしているのを耳にしながら、私は窓の外を見ている。
「ふぁーあ……変わりなし、かぁ。ほんっとやんなるよなぁ半日暇なんだよな。」
この男は暇という程真面目には勤務していないように思う。因みに見張りの兵士がなぜ男性しかいないかというと、この最上階で半日見張りを続けるには用を足す時間が必ず必要になるわけで。緊急時など女性は最上階の廊下横にあるバルコニーより外に向かってごにょごにょとはできないのであろうと私は推測している。
が、それを踏まえて。この昼間の見張りは不真面目で、時折寝ている時をよく見かける。話しかけることもないのだから若しかしたら狸寝入りかもしれないが。
「今日はキアラちゃんとデートして、明日は……。」
私は石畳の廊下で胡坐をかいているのだろう兵士の独り言を背に、窓の外を見ている。
初日に慈悲のナイフを取り出しても、気にも留めなかった男だ。
私の脱出計画は毎回必ず人に見られなければ目的を達成できない。報告を真面目に行うことが必須だ。
その条件に扉越しのこの男は当てはまらない。ならば自分は常のデスパイネ公爵令嬢としての佇まいを、崩しはしない。する必要もない。
『何時もみたいに堂々としてくださいよ。貴女は何も間違っちゃいない。』
ふ、と『あの兵士』の言葉が脳裏によみがえる。初日に慈悲のナイフで脱走しようとしたときに止めた人。2日目も、3日目も。呆れながら、叫びながら私の脱走を阻止しようとした人だ。彼が真面目なのは知っている。1人。上級兵士の訓練という名のしごきの中で黙々と命じられたことをやり遂げていた兵士だ。
時にメイドの荷を持ったり、年老いた王宮庭師の仕事道具を運ぶのを手伝ったりしていたのも。見たことがある。見たことがある。
見て、いたのだ。月に一度だけ、だれど。そのさりげない優しさを、誠実さを。
見つけたら目で追っていた。
王太子が婚約者の私を蔑ろにしていること、男爵令嬢に入れあげていること、それを知っていても王宮へ足を向けられたのは。多分自分の矜持を曲げないという意思以外に。誠実の欠片を見る機会があればという思いも僅かにあったのかもしれない。
夕方になる。カツリ、カツリと石畳にもう1つの音がする。規則正しい音だ。
ああ、あの兵士が来たのだと知る。昼の見張りの兵士の姿は既に扉にはない。
私はすっ、と今日食べなかったパンを窓枠において、じっとそれを眺めることにした。
「何してるんですか。お嬢様」
「ふふん、私考えましたのよ!脱走するための道具が入手できないのなら自前で作ればいいじゃない!ほらこのパンを放置してかっちんこっちんにし、この扉の蝶番を殴りまくれば何れはばっきりと、こう、ばっきりと」
「なるかもしれないけどどうして俺に言っちゃうかなそれぇ!!!」
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