8日目

今日も今日とてフラヴィア=デスパイネ公爵令嬢は奇天烈なことをしでかしている。

扉の陰に隠れ、しゃがんでじっとしていることかれこれ10分。俺は彼女の旋毛を格子越しに眺めながら、問いかける。


「今度はかくれんぼですか?」


「惜しい!」


何がだ。どや顔のお嬢様は、手をわきわきっと握ったり開いたりしながら不敵な笑みでいうのだ。


「私は考えましたのよ。毎食、食事はメイドが運んでくるでしょう。」


「運んできますね。」


「その時は兵士は部屋に入らず、メイドが扉を開けて入りますわね。」


「入りますね。」


「つまり入る瞬間にばっ!とこう、ばっ!!と。開けられた扉の隙間から逃げ出す構えを私はして待ち構えているのですよ。」


ふふん、と自慢げな公爵令嬢。うん、考えられているとは思う。残念なところとしては、それをどうして見張りの兵士に言っちゃうかなぁ。という所である。


「それをされたら大変ですね。所で食事がくるのは1時間先になりますが。」


その間、ずっとそこでしゃがんで待ち構えるつもりですか?と。

俺が冷静に指摘するとお嬢様は無言で立ち上がり、ぱっぱっとシンプルな白のドレスの埃を払ったのだった。


「1時間後にまたチャレンジしますわ!」


「だからどうして俺に言っちゃうかなぁ!」


そんなの全力で阻止するに決まっている。今日もお嬢様のチャレンジは失敗に終わるのであった。


************


夜が過ぎ、朝になり。見張りの兵士の交代時間になる。時間になっても上がってこないもう1人の兵士だが、奴は通常運転でこうなのでもう慣れた。本来の交代時間から10分過ぎれば、石畳の階段が鳴る音がする。どうやらやっと来たらしい。遅いぞと注意すると、奴はいつも通り寝過ごしたと笑って謝る。これがこの塔の見張りになってからの日常風景だった。


「お前なぁ。俺が定時だからって見張りをやめて階段降りていて、その間にお嬢様に脱走されてたら2人とも首が飛ぶんだぞ?毎回毎回……。」


「ないない!あの人形姫にそんなことできるわけないだろう?」


人形姫?俺はその形容詞に訝しんだ視線を同僚に向けた。同僚はそれに驚いたらしく。何で訝しむのかわからぬといった程で俺を見返した。曰く、自分が見張りの時は一切動かないのだそうだ。動くときは食事の時とトイレの時だけと。ただ、ベッドに座ってじっと窓を見つめている。だから人形姫と俺は勝手に呼んでるという。そもそもお嬢様ではあるが姫ではないと突っ込んだ方がいいのだろうか、それとも自分の時との違いに驚けばいいのだろうか。俺は困惑しながらも同僚の説明に一応納得したふりをして、交代の時間だからと階段を降りていった。


詰所から出て、北の塔の入り口まで降りていく際に食事を持ってきたメイドとばったり出くわした。今日もやはり固いパンに野菜くずの薄いスープに水である。食器は先日の一件から全て木製に代わっている。


「ご苦労様です。」


一礼して、階段を昇ろうとした彼女を呼び止める。不思議そうな顔で振り向いたメイドに、俺は彼女から見てフラヴィアお嬢様はどのように見えるのかと尋ねる。


「寂しそうに見えましたね。ずっと窓の外を見ていて。どうして1人だけこの塔なのか。家族と引き離すだけではなく、貴族としてはあまりにも粗末な食事で。王太子はあまりにも酷いと……不敬ですから内緒にしておいてくださいね?」


やはり、頭を殴られたことについては記憶が曖昧の様である。俺は彼女に大丈夫、内緒にしておくからと告げる。メイドはほっとした様子を見せていた。


「でも、不思議なんですよね。昼のお嬢様はいつも寂しそうなのに、夜のお嬢様はとても生き生きしているように見えるんです。ふふ、まさか水をお詫びだからってあんなに熱心に勧められるとは思わなかったわ。」


それは睡眠薬入りのあれだな。と俺は思い出して遠い目をした。

これ以上話し込んで冷えた食事を更に冷えさすことも本意ではなく、俺は話を打ち切り、メイドとは別れて階段を下る。

石畳を鳴らしながら、俺は昼と夜のお嬢様の違いに首を捻る。


捻った所で、理由が思い至らず。俺の眉間には皴が1本寄っている。

もやもやとしたものを抱えながら再び見張りが交代するまでの半日は過ぎていくのだった。

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